第25話 欲しがりやの魔女
オレたちは次の目的地、藁葺き屋根の山小屋までおよそ半分のところまで歩を進めていた。イルドラゴ山にある3箇所の山小屋「
リエールは城のパーティーを途中で抜け出してから、ほとんど休みなくあの木造の山小屋までるるを探して追ってきたので、昨夜は流石に休息が必要だった。だから、いつもより出発時間が少し遅くなったのだった。
出発が遅れたことで良いこともあった。ドゥヴァの姉、アジンが下山してきたのだ。アジンはドゥヴァよりも数段ムキムキマッチョだったが、赤髪短髪でドゥヴァや麓の山小屋のトゥリと全く同じ顔だった。
下山してきたアジンの話によると、昨日の昼下がり、メドウ王子の部下と名乗る青髪の男がやって来て藁葺き屋根の山小屋を1日貸して欲しいと大金を渡したそうだ。
話を受け入れ、急遽暇ができたアジンは1つ下の妹に会いに行くことにした。途中、荒ぶる獣たちをやり過ごしながら野宿して、朝のうちに妹の山小屋にたどり着いたがそこにあるのは大きな炭の塊ばかりで、アジンは口をぽかんと開けて暫くその場に佇んでいた。
悲しみを伴った姉妹の再開の後、彼女たちはもう1人の妹に会い行くことにした。麓に行けば郵便も送れる。リエールは国王宛に手紙をしたため2人に託した。
イルドラゴ山でるるを無事見つけたこと、るるが警護の担当者を罰しないでほしいと言っていること、訳あってハッピーラッキーランドの王子も一緒なこと、その王子がメドウ王子に狙われたこと、実行犯の兵士を捕らえたのでロザレス国で身柄を預かってほしいこと、これから下山するが、るるの足にまめが出来たのでゆーっくり休みながらになるので、時間がかかるだろうが自分がいるので必ず無事に連れ帰ること…。
最後のこれから下山するというのは嘘だ。正直にドラゴン退治に行くと書けば頂上にたどり着く前に迎えの兵士たちが全速力で山を登ってくるに違いない。リエールが付き添い、下山していると思わせておけば少しは時間が稼げる。今から下山するのと頂上まで行って下山するのでは2~3日程度の差である。イルドラゴ山にるるがいたという時点でどのみち目的はばれそうな気はするが、ドゥヴァたちが麓まで下山して手紙が届くまでに1日以上かかるので、そのくらいの日数はなんとかなるだろうとリエールは言っていた。さらに、
「この手紙が届くまで1日以上、近衛団はいるはずのないるる姫を探し続けるのかと思うと団長として胸が痛みます。そういえば他国にまで探しに行った兵もいました。そのものに連絡がつくのはいつになるでしょうね。あぁ、憐れです」
と、白々しく言った。るるはツインテールをわなわな震わせ、むくれていた。どちらが主だか分かったもんじゃない。
そういうわけで、オレとルッカとるるとリエール、そしてウーパーの4人と1頭でドラゴン退治の旅は続いていた。オレの右肩の火傷は一晩中ウーパーを張り付けておいたおかげか痛みはずいぶん和らいでいた。経験上、水ぶくれが出来て痕は残りそうだ。右腕の骨折も一向に治らないし、生傷が絶えない運命というのは変えられないらしい。
先人が何度も通って自然と出来たのであろう登山道を、一列になって黙々と歩いていく。現在地は山の七合目あたりだろうか。
麓と現在地では見える景色が全く違うことに感心する。麓付近では葉をたっぷりつけた高木がところ狭しと立ち並び、日の光もまばらな鬱蒼とした森という印象だったが、ある程度の標高のところから灌木が多くなり、その灌木でさえも疎らになり、岩や石くれが多くなってきた。
心なしか太陽も近くなった気がする。前を歩くるるが手を上にかざし、ぎらぎら光線を浴びせる太陽にため息をついた。オレはさらに前を歩く2人に向かって声を張り上げた。
「あそこの岩影で少し休もう」
少し先に大きな岩が見えていた。しゃがめば充分日差しを避けられる。ルッカとリエールは振り返り、頷いた。るるは先を急ぎたいようで不満ありげだったが、もう1度太陽を仰ぎ見、はぁと息を吐き出すと諦めたように大人しく従った。
◇◇◇
「そういえば」
岩影で休憩中に、アジンに貰った水飴を舐めながらリエールはオレとルッカを心配そうに見つめた。
「お二人は何故るる様の無茶に付き合ってくださっているのですか? 麓の山小屋でるる様の他に2人の男がいたと聞いたときは、まさか誘拐かと思いましたが、話を聞けばるる様が連れ回していたご様子。何か弱みでも握られているのですか?」
「その言い方だと私が無理やり連れてきたみたいじゃない」
るるが水飴を伸ばしながらむくれた。オレは心の中で、拒否権なかっただろと苦笑いした。苦笑いしている隙にウーパーにオレの分の水飴を食べられた。きっと水飴もお前に食べられた方が幸せだろうから別に良いよ、良いよ…。
「ボクたちは…運命を変える方法を探して旅してるんだ」
ルッカはオレに気を使ったのかはぐらかすような言い方をした。るるとリエールが同じ角度で首を傾けた。きっと意味が分からなかったに違いない。ルッカはシンクロする2人を楽しそうに見返し、続いてオレに頷いた。
「ボクたちが追うべきものが見つかったよ。『欲しがりやの魔女』だ」
ルッカの目は真剣だった。その魔女がルッカの幸せとオレの不幸せを半分こにしてくれる。ルッカがそう言うならそうなのだろう。オレはルッカについて行くのみだ。
口の回りをペロペロ舐め、水飴の余韻に浸るウーパーの頭を撫でながら『欲しがりやの魔女』ってどんな人だろうと思いを馳せる。魔女と呼ばれる存在は世界中に何人かいると聞いたことはあるが、会ったことはない。オレの中の魔女のイメージといえば、絵本に出てくる腰の曲がった鉤鼻の黒い服を着たいじわるな婆さんだ。
「彼女に関わってはいけません」
リエールは浅葱色の瞳に強い意思を滲ませ言った。
「『欲しがりやの魔女』は自分が欲しいと思ったものは何でも必ず手に入れます。それこそどんな手を使ってでも。光輝く美しい宝石を欲しがったかと思えば、飢えた子供がその日命を繋ぐためにごみ捨て場から見つけだしたカビ臭いパン一欠片を欲しがったこともあるそうです。そして彼女が欲しいと思ったものは全て彼女のものになります。彼女のせいで国が無くなったこともありました」
「我が家の家訓その一が『欲しがりやの魔女には関わらない』だものね」
るるが手のひらに顎を載せ遠くを見つめていた。
「そうです。国王がまだ幼い頃、乳母がその魔女に気に入られ連れ去られた話は聞いたことがありますよね?」
リエールの問いかけに、るるは正面を向いたまま黙って頷いた。
「国王はその乳母を自身の母のように慕っていたので、大きくなり、その乳母が魔女に連れ去られて居なくなったのだということを知ると、魔女と乳母を探しに旅に出られたそうです」
「それは初耳。なんでリエールが知ってるのよ」
「その乳母は私の祖母だからです。父が生まれて間もない頃の話なので私はもちろん会ったことはないのですが…国王は魔女に会えたそうです。そして戻ってきた国王は私の父にこれを渡しました」
そう言って、リエールは襟ぐりから、首にかかった紐をたくしあげた。紐の先には小さな小袋がぶら下がっている。その小袋の中から自分の瞳と同じ色の宝石を手のひらに取り出した。るるが宝石に見惚れて息を漏らした。
「綺麗な宝石ね。色も素敵。でも…見たことない宝石だわ」
リエールは手のひらの上の宝石をじっと見ながら両手でふんわりと包み込んだ。
「国王が乳母を返してほしいと言うと、これを渡されたそうです。飽きたから宝石にしたと言って。国王は祖母が宝石にされる瞬間を見たわけではありません。ですがこの宝石の色は祖母の瞳の色そっくりなんだそうです。なので、国王も、私の父もこの宝石は私の祖母だったのだと確信しています。それ以来ロザレス国は『欲しがりやの魔女』には金輪際関わらないと決めているのです」
話を聞いているうちになんだか血の気が引いてきた。
「魔女ってそんなこともできるのか? なんでもありじゃねぇか!」
リエールは首を振る。
「普通の魔女はそこまでの魔法は使えないそうです。ある物質を別の物質に変化させるだけならず、その変化を永続的に維持できるほどの力を持つのは『欲しがりやの魔女』だけだ、と以前彼女を追う旅人に聞きました。もし世界で1番力のある魔女の機嫌を損ねでもしたら…だから彼女とは関わってはなりません」
ルッカはうーんと唸った。
「聞けば聞くほどその魔女だなぁ。温泉の湧く場所が分かった時と同じ感覚。頭の上で電球が光るみたいな…」
ルッカは『欲しがりやの魔女』がオレたちの運命を変えてくれると確信したようだった。
オレは目眩がしてきた。そんな魔女がオレたちの頼みを聞いてくれるだろうか。聞いてくれたとして、見返りに何を求められるだろうか。想像しただけで、なんだか頭もクラクラしてきた。
「シン、顔色悪いよ? あっ!!」
ルッカが何故か目を見開いた。つられて、るるとリエールもオレを見る。るるが小さく悲鳴をあげてリエールの後ろに隠れた。そして、オレを指差した。
「シンっ!!」
「?」
何をそんなに慌てているのだろう。ぼーっとしてきた頭で考えていると、リエールが腰からゆっくりと刀を抜くのが目に入った。その切っ先をオレに向けてくる。ルッカが慌てて止めに入った。
「リエール! 刀だと血の海になっちゃう! ちょっと待って!」
そう言ってルッカは自分の荷物をごそごそと漁り出す。
「えっ、なぁに?」
みんながオレを遠巻きに見ているこの状況に、なんだか悲しい思い出が甦ってきた。昔からこうやって周りの人に避けられてたっけ。久しぶりの感覚にちょっと涙が出そうになる。
「あったー」
ルッカが荷物から瓶を取り出し、高らかに掲げた。塩だ。
「オレついに祓われるの?」
大量の塩を手に握りしめたルッカを前に足が震えだす。ルッカが「違う違う」と否定した。
「あのね、驚かないで欲しいんだけどね、ヒルが…うん、ヒルがシンの血を吸ってるんだよね」
新手のいじめでなくてほっとした。バレないように涙を拭う。山だからそりゃヒルもいるだろう。言われてみれば首筋に違和感がある。
「驚かすなよ。ヒルぐらい自分で取れる」
違和感のある首の後ろに手を伸ばす。その瞬間、みんなが息を呑んだのが分かった。伸ばした手にヒルの冷たいぶよぶよの感触がした。ここまでは想定内だ。だが不思議なことにオレが想像していたよりもはるかに早くヒルの感触があった。片手で掴むのがやっとの大きさ。それをつかみながら恐る恐る後ろを振り向く。赤ん坊ぐらいの太さのヒルがオレの首にくっつき、血をたっぷりと吸った管状の体は、てらてらとどす黒くぬめっていた。
「シンっ?!」
想定を遥かに超えた巨大ヒルからの吸血に腰が抜けた。仰向けに倒れながら、るるがオレの名前を呼ぶ声を遠くに聞いていた。
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