第24話 るるとリエール
すっかり燃え尽きた山小屋を背に、オレたちは弧を描いて、夜明けを待っていた。
必要な情報はあらかた聞き出せたので捕まえた兵士たちは眠らせた。ルッカがいつぞやのキノコ魔人から採取していた血色の赤い胞子を彼らに振りかけると即寝であった。恐ろしい。
ルッカは火事から逃げる際、幸いにも自分の荷物が手元にあり、一緒に持ち出せたので、お気に入りの調味料や「着の身着のまま旅行日誌」も無事だったようだ。
敵も静かになり、ようやく落ち着いたところで積もり積もった疑問を解決することにした。
「いろいろ聞きたいことはあるけど…まずはリエールだっけ? あんた何者だ? るるとの関係は?」
るるが「言うんじゃないわよ!」という目付きでリエールを睨んだが、リエールはそれよりもさらに鋭い目付きでるるを睨み返したので、るるは「
ひぃ!」と怯えた。まるで威勢の良いチワワがドーベルマンに吠えかかったは良いものの、一喝され怯んだみたいだ。
リエールはなんの躊躇いもなくオレの問いに答えた。
「私はロザレス国近衛団団長のリエールだ。国王や20人の王妃たち、そして、そこにいる顔は良いが頭は残念な15番目の姫君、るる姫を含む18人の姫の警護を取り仕切っている」
「るる姫?!」
オレは驚いた。るるが姫?
ということは、るるはメリナ姫の妹ということだろうか?
ルッカやドゥヴァも同様に驚いているようだった。肩の上のウーパーも口をあんぐりしていたがこれには多分意味はない。
リエールは、「やはり言ってなかったのですね?」とるるを咎めたが、咎められた本人は目力では勝てないことを悟ったのか顔をプイッと背け、口を尖らせた。
「だって、ロザレスの姫は結婚が決まるまで顔と名前を公表しないっていう決まりでしょ。それに『姫?』って聞かれなかったし」
丸太に腰掛け脚を伸ばし、両手で体を支え、のんきに星空を眺めていたルッカが、「分かるー」と呟いた。
分かるーじゃねぇよ。
にしてもだ。どうやら今までとんでもない人間たちと一緒に旅をしていたらしい。王子と姫とアンラッキーボーイ、なんだこの組み合わせは。
オレより少し年上だと思われるリエールは、むくれる姫の機嫌を取ろうともせず、淡々と説教をし始めた。
「姫の名前と顔が結婚公表まで明かされないのは、あなた方姫君がそれまで自由に生きられるようにとの王の暖かいご配慮です。結婚して他国の王妃や皇太子妃になれば、身分にあった生活や態度が求められる。王族に生まれたばかりに自由に生きられない。それが申し訳ないと王は結婚までは姫君たちにやりたいことを自由にさせているのです。だからあなたも街のレストランで「るーちゃん」としてメイドごっこが出来ていたのですよ。まぁ、自由にさせると言っても街で働くような姫はあなただけですが。おかげで警護が大変でした」
「なんでレストランで働いてること知ってるの?! それに警護って…」
「自由といってもばれないように警護がついてるのですよ。あぁ、下の姫たちには内緒ですよ。あなたの警護は予想外が多すぎるといってみんなやりたがらないのでローテーション組むのが大変ですよ。そのうえ今回の無断外泊。昨日のあなたの担当はメドウ王子立候補の号外に気を取られて、あなたを見失ったようです。まさか勤務時間中にレストランからいなくなると思わなかった、と。可哀想に責任を感じて命で償うと言ってましたよ」
「命で償う」という言葉にるるはギョッとしたようだ。両手を合わせリエールに懇願している。
「その人は悪くないわ。全部私が悪いの。だから許してあげて。……ん? そもそも私も悪くないわ。警護がついてるって知らなかったもの。知ってたらこんな無茶しなかった。たぶんね。黙ってたあなたたちも悪いわ」
るるは合わせた手の影から上目遣いにリエールの様子をうかがった。るるの目の前にはにっこり笑顔の青年がいる。とびきりの笑顔だが口元がひくついている。るるは跳びすさった。
「す、すみません! 私が悪いです! 8割くらい私が悪いです!」
こんなるるの姿を見るのは新鮮だった。一緒にいる時間こそ短かったが、ルッカとるるとの3人旅は濃密だった。なんだか急にいろいろ思い出してしまって、思わず吹き出してしまった。
「シン! 笑ってないで味方してよ!」
るるが困り顔で睨み付けてくる。これもるるの新しい表情だ。オレは、つい癖で左耳に触れながら、苦笑した。なんだか瞳の奥が熱くなってきた。慌てて目頭を押さえる。
「笑って悪かったよ。いろいろ思い出しちゃって。短い間だったけど楽しかったな、なんて」
るるが不思議そうに首を傾けた。
「そんな言い方、もうお別れみたいじゃない」
予想外の返答に、思わず咳き込む。
「だってリエールはるる姫を迎えに来たんだろ?」
「メドウ王子より先にドラゴンを倒すまで帰らないわよ」
「るるっ!」
リエールの堪忍袋の緒がついに切れたらしい。姫の名を呼び捨て、怒鳴りつけた。少し飛び上がったるるは一目散にオレとルッカのもとに逃げ走り、オレたちを盾にして後ろに隠れた。少し心強くなったるるは懲りもせずリエールにキャンキャン歯向かっている。
「だって私たちメドウ王子に殺されそうになったのよ! そんな人間、なおさらメリナを結婚させられないわ!」
リエールは腕を組み仁王立ちしている。チワワを徹底的に叩きのめすつもりのようだ。
「もしメドウ王子があなたを狙っていたのなら私だって王子を生きて帰すつもりはありません。ですが、メドウ王子のターゲットはルッカ王子でした。あなたの正体を知っていれば別の方法を考えたでしょう。メドウ王子の気持ちも分からなくはないのです。自分が1番に立候補して王宮で祝いのパーティーが開かれている間に別の王子が抜け駆けしているのですから。パーティーの時にメドウ王子はメリナ姫にベタぼれでしたから、姫を横から掠め取られると相当焦ったんでしょう」
るるは自分の命が狙われていたらリエールがメドウ王子をただじゃおかなかったと聞いて、少し嬉しそうにしている。自分でもにやけていることに気がついたるるは、誤魔化すように頭をふるふる振った。
「そもそもメリナは結婚を望んでない。リエールだって分かってるでしょ。ドラゴンに苦しむみんなのために犠牲になるつもりなのよ。父様がもっと早く対処してれば良かったのよ!」
リエールは深くため息をつく。
「国王は誰よりも早く動かれていました。状況を確認するために宰相をこの山に行かせ、原因を突き止めさせた。原因は分かったものの解決には時間が掛かるとみて、国民の命を守るために、近隣諸国を取りまとめ入山禁止令を発令した。メリナ姫がドラゴン退治と引き換えに結婚すると言い出す前から国王は確実で犠牲の少ない方法をずっと探っていたのです。なのに、メリナ姫が早まって…。ただ、国王は以前からメリナ姫に結婚を促していたので、かえって喜んでいましたが」
突然、今まで静かに耳を傾けていたドゥヴァが立ち上がり、リエールの前に歩み寄った。
「ロザレスのお偉いさんは確かにこの山に来てたよ。だからロザレス国が動いてくれてたのは分かってる。でも、山と共に生きている人間にはゆっくり待ってる時間は無いんだ。自分たちで退治すると意気込んで行った人間もいたけど倒すどころか瀕死の状態で帰ってきたり、帰ってすら来なかったり。だから、国の力でどうにかしてもらえないかい? お願いします」
ドゥヴァはリエールの前にひざまづき、頭を下げた。さっきまで腕を組み高圧的だったリエールの態度はみるみる崩れ去り、ドゥヴァに顔をあげてくれるようたじたじと頼み込むことになった。
てこでも動かないドゥヴァに並び、るるも頭を下げ始める。
「リエール、一生のお願い。ドラゴン退治手伝って。ロザレスきっての剣士、リエールがいてくれたら絶対ドラゴンを倒せるわ」
「なっ、あなたまで! 逆鱗に触れられたドラゴンの恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのです。倒せるものならとっくに倒してます」
2人から頭を下げられて居心地の悪そうなリエールに追い討ちをかけるようにルッカも膝をついた。
「リエール、ボクからも頼むよ。メドウ王子からの襲撃に巻き込んで山小屋が無くなってしまって…。少しでもドゥヴァの役に立ちたいんだ」
「うぅ、ルッカ王子まで! そんなやめてください。おそれ多い!」
リエールはかなり狼狽えている。なんだか行けそうな雲行きだ。よし、これが最後のとどめだ。
「どうかどうかお願いします!」
オレは頭を地面にめり込ます勢いで擦り付けた。ちょうどおでこがぶつかるところに尖った石があって、思いっきり刺さった。何者でもない、むしろマイナスなオレが出来るのはこんなことくらいだ。るるやドゥヴァやルッカや、その他大勢の人のために、少しでも役に立ちたい。そしてルッカと一緒の今ならば、オレだってきっと何かの役に立てる。
リエールは呻き声をあげながら頭をかきむしり、突然吹っ切れたように叫び声をあげた。
「分かりましたよっ!! ドラゴン退治、行くだけ行きましょう!! でも手に負えなければ一旦退きますからね!!」
オレたち4人は一斉に顔をあげ、キラキラした瞳でリエールを見つめた。リエールはプイッと顔を背けた。るるとリエールはなんだか似ている。近寄りがたい雰囲気があるが、なんだかんだで2人とも結局人が良い。
オレはまだ旅が続けられることを嬉しく思うと同時にそんなことを思う自分に驚いた。昔なら他人と一緒にいるのがひたすら怖く、こんなこと思いもしなかった。少しずつ自分が変わっていく。
つい口元が緩んだ。肩にいたウーパーが目をくりくりさせている。
「お前も一緒に行くんだぞ」
そう言って微笑むと、ウーパーは舌を伸ばし、オレの額から流れていた血をペロンと舐めた。それがあまりにもくすぐったくて声をだして笑ってしまった。
星影さやかに夜は更けていく。
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