第23話 メドウ王子
「王子、この先は落石が激しく通れませんでした。遠回りになりますが 左手の脇道を迂回するしかないかと…」
青髪に白髪混じりの男は藁葺き屋根の山小屋に入ってくるなり、自身の主に片膝をついて進言した。王子たちの隊に先行してドラゴンまでの道のりを確認するのがこの男の役目だった。通常のルートは落石で容易に通れず、道を戻り、急ぎ迂回路の目星をつけたところで、合流場所の藁葺き屋根の山小屋に戻ってきた。日はすっかり沈み、天には星が瞬いていた。声をかけられたメドウ王子は、一足先に食事を終わらせたテーブルにふてぶてしく両足を乗せ、椅子に背を預けた状態で、前後にゆらゆら揺れながら大げさに舌打ちをした。
「遠回り? 僕は早くドラゴン退治してマイスイートキャッスルに帰りたいの。こんな森で何日も野宿なんてありえないでしょ。落石? 明日の出発までに片しといてよ。ウルにならできるでしょ。期待してるよ」
ウルと呼ばれた青髪の男は、しかしと唸る。
「大きな岩なのでとても動かせそうにありません。動かせたとして、その時間を考えると迂回路を進んだ方が早く頂上につけるでしょう。もしくは…」
ウルは言いかけてちらりと王子の顔色を伺った。王子は両腕を頭の後ろに回し大きな欠伸をしている。ウルは椅子が倒れればいいのにと内心思ったが思うだけに留め、中途半端になっていた言葉を続けた。
「…もしくは、駕籠とベッドを諦めていただければあの落石をどかさなくともなんとか通れるかもしれません」
王子はここまで椅子駕籠で揺られながら悠々自適に山を登ってきたのだった。椅子駕籠では飽き足らず、眠くなれば持ってこさせたベッドに寝転がり、そのまま兵士に運ばせる始末だった。兵士たちは交互に仮眠と休憩を取りながらも、全体としては麓から1度も止まることなくこの頂上付近の山小屋まで登ってきた。
こんなに急いで山を登ったのは麓付近の滝でハッピーラッキーランドの王子を見かけたからだ。同行していた2人の男女は知らない顔だったが金髪の少年は間違いなくあの「夢の国」の王子であった。先行して道を確認していたウルがメドウ王子にそのことを伝えると王子は血相を変えて兵士に先を急がせた。自分は1歩も自力で歩かないのに、だ。
途中で密かにルッカ王子一行を追い抜いたことで安心したのか、この藁葺き屋根の山小屋で初めてゆっくり休むこととなった。王子は久しぶりにふかふかのベッドでゆっくり休みたいとのことだった。ウルはずっとゆっくり休んでるんじゃないかと思ったが、兵士たちにもゆっくり休息が必要だったので何も言わず同意した。
このなまくら王子の姿を見られたくなかったので山小屋のアジンとか言う女店主には大金を渡して1日留守にしてもらった。ウルは人に見せられない主に仕える自分を情けなく感じていた。
先ほどのウルの提案に対するメドウ王子の返事は予想通りのものだった。
「僕に歩けっての?! 冗談きっつー! そうだ爆薬持ってきたじゃん。あれで落石爆破しようぜ」
メドウ王子は登山に必要なものから不要なものまでとにかくなんでも持ってきていた。もちろん運ぶのは全て兵士たちだ。
「爆薬はドラゴン退治に使うのでは?」
王子の持っていくものリストの中に爆薬が入っているのを知り、王子なりにドラゴンの退治方法を考えているのだろうとウルは少し主を見直したものだ。
王子はこてんと首を傾けた。
「ドラゴンはウルが倒すんだろ? 爆薬は1回爆発させてみたくて。城じゃなかなかできないじゃん? でもまさかこんな時に役にたつとはな! さっすが僕」
椅子をゆらゆらさせるのをやめて王子は得意気に椅子から立ち上がり、謎のポージングを決めた。窓ガラスに反射する自分を見てかっこよく見える角度を探している。
せめて王子の顔が不細工ならウルも少しは生暖かい目で見られるのだが、こういうなまくら王子にはもったいないほど容姿端麗睫毛長々のハンサム王子で余計に癪に触った。
その、容姿にステータス全振りの王子は一通りポージングし終えるとようやくウルに向き直った。
「僕も爆発見たいからやるのは明日出発前ね。じゃあ僕寝るから。見張り宜しくぅ」
この山小屋で寝るのは王子1人だけである。自分も含め20人近い兵士たちは山小屋の周りで野宿である。それでもゆっくり休めるだけ今までより随分ましだ。
山小屋の外に出たウルは、彼のために残してあった夕食を食べると、料理係と明日の朝食の打ち合わせをし、手近の兵士に落石爆発の段取りを任せた。見張り番をしていた男に交代を告げ、先に休ませた。見張りの男は余程疲れていたらしく、あっという間に寝息をたて始めた。また暫くしたら代わってもらわなければならないのが心苦しい。他の兵士たちも疲労の色が濃かった。それでも不平を言わず着いてきてくれるのは、この中で王子の次に偉いウルが、率先して誰よりも大変な役目を背負っているからだ。先回りし、道を確認して、来た道を戻り、状況を報告、そしてまた先回りするのは相当骨の折れる仕事だった。それに夜の見張り番も率先してやる。これをされては兵士たちは何も言えないのだった。
ウルは見張りをしながら、もう少しだと自分を励ましていた。自分を救ってくれたフィリペンドゥラ国王の1人息子メドウ王子の世話を任されて早2年。恩人の息子のことをあまり悪くは言いたくはないが、あの王子はてんでダメだ。王子を国王のような立派な人間に育てるのを諦めかけていたとき、ロザレス国のメリナ姫の結婚話が報じられたのであった。
そのときウルはこれだ!と思った。
ロザレスの姫はもれなく器量良しなうえ、嫁ぎ先で目覚ましい内助の功をあげるともっぱら評判だった。ロザレス国の特産品は「姫」だと恐れ多い軽口が広まる程だ。メリナ姫と結婚すればメドウ王子も変わってくれるはず。変わらないにしてもメリナ姫が上手く掌の上で転がしてくれるはず。ウルは何がなんでもドラゴンを退治しなければならなかった。
意志が強く体力も並外れたウルであったが流石に疲労が貯まっていた。だから、兵士が3人居なくなっていることも、今日通りすぎた木造の山小屋辺りから黒々とした煙が立ち上がっていることにも気がつかなかった。
◇◇◇
次の日の朝、王子の希望通り、落石の爆破が実行された。しかし、爆薬の量が少なかったようで少し地面を震わせただけで落石を吹き飛ばすほどの威力はなかった。結局、どうしても自力で歩きたくない王子は昨夜ウルが提案した迂回路を通っていくことにした。椅子駕籠に揺られながら、「はぁあぁ」と盛大にため息をつく王子を後ろに見ながら、ウルは、もう少しだと心の中で呟き、深く息をついた。
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