第22話 正体
オレたちは山小屋に火矢を放った男3人を無事確保した。ルッカは3人の利き腕を矢が放てない程度に絶妙な加減で傷つけていた。これがルッカの実力なのか、運なのか、運も実力のうちなのか、オレには分からない。ただ、この甘さがルッカの命を危険にさらすことになった。それは事実だ。
3人を縛りあげ、傷の手当てをし、オレの火傷した肩はウーパーで冷やし(思いの外ひんやりして気持ちいい)、るるとリエールと呼ばれた男の関係も気になったが、取り急ぎ3人の男を尋問することにした。山小屋は燃え代を燃やし尽くし、柱を大きな炭に変えて、森の中にひっそりと影を落としていた。
充分な月明かりのおかげで火を焚かなくても辺りが見渡せたのは不幸中の幸いだった。当分火は見たくない。
リエールが尋問の先陣を切った。
「お前たち、フィリペンドゥラの兵士だな? なぜこの山小屋を襲った?」
「フィリペンドゥラ? あのメリナ姫の結婚相手候補の国のか? いやいや、だったらこんなことしないだろ」
こんなことをして一体何になる。訝るオレの横で、るるが何かに気がついた。
「これ…フィリペンドゥラの国花だわ」
言って、るるは捕らえられた男たちの腕にチェーンで巻かれているタグを指差した。おそらく認識票なのだろう。戦死した際に遺体が原型を留めていなくてもこれさえあれば個人を識別できる。オレも軍隊にいたときに付けていた。そのタグの片面には小さなふわふわの花が密集した植物が描かれている。これがフェリペンドゥラの国花らしい。では本当にフィリペンドゥラの兵士が山小屋を襲ったのか?一体何のために?
捕虜の中で1番年若そうな男が口を開いた。
「メドウ王子の隊とはぐれてそれで飯と金ほしさに…」
リエールがすぐさま否定した。
「嘘だな。燃やしたら強盗などできない」
男は慌てて反論する。
「あんなに燃えると思わなかったんでさ」
「次から次に火をぶちこんでおいてそれはないだろうよ!」
ドゥヴァが怒りに任せて掴みかかろうとする。兵士はおろおろと身をすくめた。その姿を見てドゥヴァは振り上げた拳をやるせなく降ろした。殴ったところで山小屋は還ってこない。
「あの山小屋は父さんの形見だったんだよ…!」
堪らず涙を溢すドゥヴァの背中に、るるが手を添え優しくさすった。オレの肩にいるウーパーもドゥヴァに向かって慰めるように小さく啼いた。
リエールは刀を抜き、ちょび髭面の兵士に突然斬りかかった。
「ひえっ」
風を切る音とともに、ちょび髭面からちょび髭が綺麗に無くなっていた。ふぁさっと切られたちょび髭が風に舞って飛んでいく。リエールは兵士たちを浅葱色の冷めた瞳で見下ろし、刀を高く振り上げながら最後通告を突きつけた。
「全部話せば命は助けてやろう。この刀はよく切れるぞ。私の気は短い。早くしろ」
元ちょび髭面は余程恐ろしかったとみえて、口角から唾を飛ばしながら必死の形相で叫んだ。
「分かった! 分かった! 全部話すから! 命だけは…!」
その言葉を聞き、ルッカに斬りかかってきた男が仲間の裏切りに怒りを滲ませて声を張り上げた。
「黙れ! 何も話すな!」
この男が1番偉いようだった。だが残りの2人は上司の命令よりも自分の命が1番大事とみえて、年若い男が上司を睨み付けた。
「そんなに死にたきゃ勝手に死んでろ。こんなことで忠誠心を示したところで失敗したんだから褒美はでねぇよ」
1番偉い男がまだ何か喚いていたが隣で縛られている元ちょび髭面が頭突きを食らわせ黙らせた。偉い男が白目を剥いて脱力するのを見届けると若い男はオレたちを見回しながらやっと話はじめた。
「俺たちはそこの金髪を始末するようにメドウ王子に命令されたんだ。成功したら褒美をたんまりやるって。一緒にいる仲間や目撃者も殺せって」
若い男は、「なぁ」と元ちょび髭に同意を求め、求められた方も激しく首を縦に振った。ルッカは何か考えこんでいるようだった。オレはみんなが抱いているであろう疑問を口にした。
「なんでメドウ王子がルッカを殺す必要があるんだよ」
たしかに、1番偉い男は茂みから飛び出しすぐにぶつかったオレを無視してルッカを一目散に目指していた。だがルッカを殺して王子になんのメリットがある?
みんなの視線が若い兵士に集中する。見つめられた兵士は気まずそうにまごまごとした。
「そこまでは聞かなかったよ。褒美がもらえればそれでいいから…」
「はぁ」と盛大なため息とともにリエールが刀を握り直した。
「その話は信憑性にかける。本当に狙っていたのはそこの金髪の少年か? 本当は別の人間を狙っていたのではないのか?」
言って、リエールはちらとるるを見た。オレにはそんなような気がした。何を疑っているのだろうか。
リエールのただならぬ殺気を感じて、元ちょび髭が必死に頭をフル回転させた結果、何かを思い出したように慌てて口を開いた。
「俺! 俺! 王子が誰かと話しているのを聞きました! メリナ姫が横取りされるって! 先にドラゴンを倒されてしまうって!」
るるが口許に手をやり、不思議そうに首を傾げた。
「確かに、私たちは先にドラゴンを倒そうとしたけど、メリナと結婚できるのはあくまで各国の王子、もしくは王様だけだから、私たちがドラゴンを倒したところでメリナを横取りはできないわ。結婚の条件が更新されるだけよ。それはメドウ王子も知ってるはずなのに…もしかして、結婚の条件が更新されたとしても、永遠に私が先回りするつもりなのがバレてたのかしら…」
そんなこと考えてたのかとオレはるるを驚き見た。リエールも呆れたようにるるを睨んでいる。そんななか、ルッカが珍しく暗い表情を浮かべ、ぽつりと呟いた。
「ボクのせいだ…」
るるが、いやいやと否定する。
「そんなこと言ったら私のせいよ。そもそも、巻き込んだのは私なんだから」
オレも否定の輪に加わる。
「そもそも、オレが不幸体質なのが悪いんだ。これもきっとオレのせいだよ」
「なによそれ」
るるが怪訝な目でオレを見る。るるに今まで黙っていた己の運の無さを打ち明けようとした時、ルッカが「違うんだ」と頭を激しく振った。
「ボクがメドウ王子に狙われたんだ。ボクだからだ。ボクはハッピーラッキーランドの建国者ハピヒコ・シュリンガの息子、ルッカ・シュリンガだ。ハッピーラッキーランドの正統な王子なんだよ」
「はぁっ?!」
「嘘でしょっ!?」
オレとるるは同時に叫んだ。ルッカが王子? どういうことだ? こんがらがる頭をぽかぽか殴り、オレは自分を落ち着かせた。そして、少し冷静に考えてみる。
確かに、しばらく世話になったルッカの家は豪邸だった。ハッピーラッキーランドは裕福な国だからどの家もああなのだろうと思っていた。
だが、ルッカが一国の王子ならば、あの豪勢さも納得だ。ルッカが王子ということはパパさんが王でママさんが王妃だったのか? オレの知る王族とは全く違う。今は亡き故郷リコリッドの王はそもそも庶民と直接会話すらしないだろう。むしろそれが普通なのでは?
オレと同じように混乱した様子のるるがルッカを問い詰める。
「なんで王子だって言わないのよ! ドラゴン倒したらメリナと結婚できちゃうじゃないっ!」
「だって『王子?』って聞かれなかったから…」
「そうね! 聞かれなかったら普通言わないわよね! その気持ち分かるわっ!」
るるは意外なほどあっさり納得した。あたふたと何かを誤魔化すようにしている。るるも何かを隠しているのだろうことが容易に察せられた。
ルッカは自分のせいでみんなが巻き添えになったことにとても気落ちしているようだった。るるもオレたちを巻き込まなければと後悔しているのが伝わってくる。オレは2人の気持ちが良く分かるだけになんと声をかけていいか分からなかった。オレだってやっぱりオレのせいなんじゃないかという疑念が拭いきれない。居たたまれないような、消えて無くなりたくなるような、暗い感情が心の奥から止めどなく溢れてくる。ルッカがとりわけこの暗い感情に囚われているようで、いつも元気で明るい姿しか知らないオレはそんなルッカを見ているだけで心苦しい。
何か声をかけなくてはと口を開けたり閉じたりを闇雲に繰り返していると、ドゥヴァがあっけらかんと言ってみせた。
「あんたたち3人のせいじゃないよ。悪いのはこの兵士たちと命令したメドウ王子だ。なによりルッカは命を狙われたんだろ? 助かってラッキーだったよ」
さっきまで泣いていたドゥヴァが気落ちするオレたちを見かねたのか明るく言葉をかけてくれた。言われてみたら襲った人間が悪いのは当たり前のことではあるのだが、ついさっき、形見の山小屋を燃やされた人間がなかなか言える言葉ではない。
実行犯の兵士たちはともかく、この場にいないメドウ王子よりも、目の前にいるオレたち3人に恨みをぶちまけてしまいたくはならないのだろうか。何より1番の被害者はこのドゥヴァだ。そんな彼女の言葉にオレたちは救われ、彼女の心の強さにオレは自然と深い尊敬の念を抱いた。
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