第21話 ターゲット

 山小屋の炎の影で、森が妖しく揺らめいている。絶え間なく炎の爆ぜる音が胸をざわつかせた。その音に混ざって森の奥で男たちの悶える声が微かに聞こえてくる。ルッカが滴る汗を拭き、深呼吸した。


「間に合って良かった。早く火を消そう」


 ドゥヴァが瞳を潤ませ首を振る。


「もうどうにもならないよ。幸い周りの木に延焼もしなさそうだし、私たちにできることは燃え尽きるまで眺めることだけさ」


 肩を落としたドゥヴァにるるが優しく寄り添っている。オレは襲ってきた男たちを捕まえに森へ足を向けた。何が目的で山小屋に火を放ったのか、どうしてこんな酷いことをしたのか、問いたださなければならない。


 強盗目的? 

 いや、全て燃やしたら意味がない。

 誰かを狙っている? 

 オレのせいで不幸に巻き込まれた誰かが復讐に来たのだろうか。

 この可能性は0ではない。

 ルッカ、るる、ドゥヴァ、ウーパー、この中ではオレが1番恨みをかってそうだ。自嘲気味に薄ら笑っていると、後ろからルッカの声がした。


「ボクも行くよ」


 「ああ」とルッカを振り返りざま、斜め前の繁みから男が飛びだしてくるのが視界に入った。とっさのことで、避ける間もないままぶつかり、オレは足を滑らせ尻餅をついた。ぶつかった男は姿勢を低く保ち走り続けている。男が見ているのはルッカだ。腰に提げた剣に手をかけ、勢いよく引き抜いた。炎を反射するように切っ先が光る。


「うおりゃあっ!!」


 オレはとっさにるるからもらったカランビットナイフに手をかけた。同時に、騒ぎに気づいたたるるが鞭に手をかけるのが見えた。ルッカもチャクラムに手を伸ばしている。しかし、男の剣先がルッカに届くまでにはどれも間に合わない。このままではルッカは脳天から叩き斬られてしまう。


 ルッカの死を想像して、さっと血の気が引いた。嫌だ、見たくない! オレは目をぎゅっと瞑った。見なかったからといってなくなるわけではないのに。


 目を瞑っていたのはほんの一瞬だった。金属がぶつかり合う音がする。恐る恐る目を開けると、ルッカと男の間に黒髪を1つに結った男が入り、刀で剣と鍔迫り合いをしていた。剣の男は利き腕を止血していた。恐らく火矢を放っていた1人で、ルッカのチャクラムで負傷したのだろう。刀の男が剣の男を力で押し退け、と同時に相手の手を蹴りあげた。地面に転がった剣を拾おうと屈んだ男の喉元に研ぎ澄まされた切っ先が突きつけられる。刀の柄に刻まれた紋章に見覚えがあった。ロザレス国入り口の門に象られていた王家のバラの紋章と同じだ。切っ先を突きつけられた剣の男は喉から声にならない呻き声を捻り出すと観念したように膝から崩れ落ちた。


 呆然と立ち尽くしていたルッカが我に返り、刀の男に近づいた。


「ありがとう! えっと…」


 るるが慌ただしく駆け寄ってくる。そして悲鳴をあげた。


「リエールっ?! どうしてここに?」


 驚くるるに、刀の男は、敵の喉元に突きつけた切っ先を緩めることなく、視線だけよこした。


「あなたがここにいるからですよ」


 刀の男の怒ったような声と冷たい視線にるるが身震いし、瞳が一瞬潤んだのをオレは見逃さなかった。

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