第20話 脱出
「一体なんなのっ?!」
るるがマントで炎から顔を守りながら叫んでいる。パニックなのだろうか、ウーパーを絞め殺さんばかりにきつく抱き締めていた。ドゥヴァが冷静に扉に駆け寄った。
「…っ、開かないっ!!」
どうやら外から塞がれているようだ。身を翻し裏口に走っていく。だがすぐに、駄目だと首を振り戻ってきた。裏口も塞がれているらしい。そうしている間にも、炎はよく乾いた柱や梁を伝い、山小屋を瞬く間に包み込んでいく。充分火種は蒔いただろうに、窓からは未だ執拗に矢が飛んできた。
オレは扉に全力で体当たりしながら声を張り上げた。
「みんな、口を塞いでなるべく低い姿勢を保つんだ。煙を吸うなよ。おいルッカ! こっちに来て手伝え!」
ルッカは窓際に身を潜め、外の様子を伺っていた。チャクラムを回しながら目を凝らしている。
「矢を放ってきているのは3人だ。矢に火がついてるから場所も丸わかりだよ」
ルッカが言い終わるか終わらないかのタイミングでまた矢が飛んできて、ルッカの顔のすぐ横をヒュッと掠めた。オレはるるとドゥヴァと一緒に扉に体当たりを続ける。折れている右腕に体当たりの振動がじんじんと響く。炎の熱気もますます強くなり、剥き出しの皮膚がちりちりと焼けそうになる。汗がブワッと吹き出し、頭もクラクラしてきた。ルッカは窓際でタイミングを計るようにぶつぶつ呟いている。
「倒せるのか!?」
声をかけたその瞬間、ルッカはこちらに向かってニッと笑うと、窓の外に素早く2枚のチャクラムを放った。と同時に、ルッカも割れた窓から外へ飛び出した。時を置かずして、少し離れたところから男たちの苦しみ悶える声が響いてきた。火矢ももう飛んでこない。
チャクラムは無事に敵に命中したらしい。扉の外でルッカの声がした。
「隙間に楔が打ち込まれてる! もう少し耐えて!」
どおりで扉が開かないわけだ。オレも窓から外に出て楔を外すのを手伝おう。多少の火傷はやむを得ない。そう思い、火を潜り窓に向かおうとした時だった。
「シン、危ない!」
るるが袖を掴んだ。突然、進行方向とは逆に引っ張られたもんだから、当然オレは足を滑らせ、転げた。次の瞬間、炎に包まれた大きな梁が天井から割れるような音を立て落下してきた。るるに引き留められなければ今頃下敷きだったはずだ。落下の衝撃で飛び跳ねた火の塊から、とっさにるるとドゥヴァを庇う。右肩が少し焼け焦げた。
倒れた梁は激しく燃え続け、窓への通路を完全に断った。オレたちの命運はルッカ に託された。
扉を1枚挟んだすぐ外で、ルッカが楔と悪戦苦闘している音がする。内側から無理やり開けようとしていたのが災いして楔がより効いてしまったようだ。こうなれば扉ごと破壊するしかない。ルッカはドゥヴァに斧の場所を聞き、取りに走った。
斧は山小屋の裏口にあるようだ。そこまで行って帰ってくる時間なんてほんのちょっとだ。そう自分に言い聞かせたが、ルッカを待っている時間はとても長く感じられた。
るるとドゥヴァとそれからウーパーを炎から守るように支えながら、オレは今は無い故郷の孤児院を思い出していた。
最後に見た孤児院はすでに灰になっていた。燃えている最中は、みんなにもこんなふう炎が迫ってきたのだろうか。
汗が首筋を伝い、焦げた右肩が体の内側からずきずきする。右肩はせいぜい水ぶくれが出来て、運が悪ければ傷痕が残る程度だろう。そんな軽い火傷でも、こんなに痛い。
ならば焼かれて死んでいったみんなはどれほど苦しい思いをしたのだろう。
あの場にいれば助けられたかもしれない。
いや。オレが呪われている限り、結局あの孤児院は燃えたに違いない。
みんなじゃなくオレが死ねばよかったのに。そもそもオレが存在しなければ、オレさえ生まれてこなければ…。
酸素が薄い。頭もぼーっとしてきた。みんなの笑い声が、みんなの断末魔が、頭の中ではっきり聞こえる。
意識が持っていかれる。
突然、頬にひやっと冷たい感触がして、はっと我に返った。ウーパーがしっぽでピチピチと頬を叩いていた。るるも心配そうにオレの顔を見上げている。
「大丈夫? 顔色悪いわよ。呼吸も荒いし。もう少しの辛抱よ」
オレはそんなに優しく声をかけてもらえるほどの人間じゃないんだ。この山小屋が火事になったのもきっとオレが不幸の申し子だからだ。
「ごめんなさい…」
たまらなくいたたまれなくなって謝ると、るるは眉を顰めた。 扉の外で慌ただしい音がする。ルッカが戻ってきたようだ。
「みんなー! 扉から離れてー!」
激しい衝撃音ともに扉が破られ、新鮮な空気が入り込んできた。ルッカが斧を振り続け、扉を破壊していく。こうしてオレたちはなんとか外に脱出することに成功した。
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