第19話 炎
「やっと山小屋が見えてきたよー」
先頭を行くルッカが、木造の山小屋を見つけて嬉しそうにみんなを振り返る。今日はここで1泊だ。やっと飯にありつける。
「ウゥ…パァ…」
滝でオレの顔に貼り付いてきた謎の生き物ウーパーは、ルッカとるるの荷物を背負わされて息も絶え絶えになっている。
顔から引き剥がした後、滝壺に放り投げてきたのだが、いつの間にかオレたちについてきていた。そのうえ、今朝出発するときに山小屋でもらった3人分の昼飯をいつの間にか平らげていたのでオレたちは昼飯抜きで1日山を歩き回るはめになった。
これにるるが怒らないわけがなかった。ほっぺに米粒を付けて満足げなウーパーに荷物運びをさせることにしたのだ。るるの信条は「働かざる者食うべからず」だったようだ。
2人分の荷物だけで青息吐息のウーパーにオレの荷物まで持たせるのはさすがに気が引けたので、オレは自分の荷物は自分で持つことにした。その時ウーパーはオレを見上げて小さく「ウーパー」と啼いた。言葉は理解出来ないが、その変化に乏しい表情からオレは感謝の気持ちを感じとった。いいってことよ。
山小屋につくと見たことのある女店主が出迎えた。
「待ってたよ。今日はゆっくり休んでいきな」
るるは目をパチクリさせて、恐る恐る尋ねた。
「えっとぉ、麓の山小屋にいた店主さん…よね?」
赤髪短髪の女店主は、あっははと朗らかに笑う。
「麓にいるのは妹のトゥリ。私はドゥヴァ。私ら、3姉妹で山小屋
そっくりなんてもんじゃない。瓜二つだ。目を白黒させるオレたちを、可笑しそうに眺めながらドゥヴァは、さぁさぁと食事を進めた。広間のテーブルには既に料理が並んでいる。ドゥヴァはパチンとウインクした。
「今朝、麓の山小屋からピンクの狼煙が上がったから人が来るのは分かってたんだ。トゥリが通したってことはドラゴン退治に来たんだろ。たーんと食べて栄養つけな…おっと、悪いけどペットは外で頼むよ」
ドゥヴァはオレたちの後に続いて当然のように山小屋に入ってきたウーパーを指差した。るるがすかさず答える。
「それはペットじゃなくて非常食にするわ。お昼ご飯の恨みまだ忘れてないんだから」
「ウパ?!」
「非常食? なら中でもいいわ」
そんなやり取りが行われつつ、4人と1頭は仲良くテーブルについた。
◇◇◇
夕飯の猪鍋を食べ終え、デザートを待っている間、ルッカは頬杖をつきながら、るるに問いかけた。
「3ヶ月前くらいからドラゴンが急におかしくなったんだよね? 原因は分からないの?」
ウーパーを膝に載せ、ぷにぷにの感触を堪能していたるるは困ったように首を振った。
「それが分からないの。今までこんなことは無かったみたい」
「逆鱗に触れたんだよ」
ドゥヴァがデザートのパンナコッタをテーブルに運んできながら言った。それにしてもデザートがパンナコッタとはなんてこった。
「逆鱗?」
ルッカが首を傾げるとドゥヴァは頷く。
「竜には81枚の鱗があるんだ。あごの下に逆さに生えている鱗がその中に1枚ある。それが逆鱗。あのドラゴンにもあったんだよ。炎のように燃える赤色の。あれは吸い込まれるような美しい赤だった…」
そう言うとドゥヴァは遠くを見つめた。記憶の中の赤い逆鱗に魅了されたのだろう。オレたちはパンナコッタをつつきながら大人しく続きを待った。はっと我に返ったドゥヴァは少し声を潜めて続けた。
「ある日、1人の女がここを訪ねてきたんだ。見慣れない格好だったから観光客だと思った。ドラゴンについてやたら詳しく聞いてきて。逆鱗は綺麗か?って聞くからすごく綺麗だって答えたら満足そうに笑ってた。でも触ったらだめだ、ドラゴンに殺される、そういう言い伝えだって伝えたんだ。そもそもドラゴンに近づける人間なんてそうそういないから冗談のつもりだったんだけど」
ドゥヴァは自身の腕をさすり始めた。そのいわくありげな女のことを思いだし、落ち着かないようだ。オレはパンナコッタの最後のひとすくいをテーブル越しにウーパーに食べさせた。るるが睨んでくる。いいじゃないか。ウーパーだってしっぽ振って喜んでるし。
「でも、その女がここを出発した日からドラゴンが狂い出した。今までそんなこと無かったのに登山客を片っ端から殺し始めた。なんとか逃げてきた人に聞くとドラゴンの赤い逆鱗が無くなってたらしい。触るどころか、盗っていったんだ、あの女」
忌々しそうに吐き捨てたドゥヴァにルッカが首を傾げる。
「その女の人が逆鱗に触れるのを見た人はいるの?だとしてそれがドラゴン凶暴化の原因なのかな?」
ドゥヴァは神妙な顔で頷いた。
「ドラゴンが人を襲うようになってすぐ、ロザレスのお偉いさんがここに来て話を聞きに来た。最近の登山客の特徴を教えてほしいって。もちろん山小屋に寄らない人もいるけど、ここに立ち寄った人の特徴を伝えたんだ。そしたら、あの女の話をしたとたん何かを察したように急いで帰っていったんだよ。だからあの女のせいだったんだと思う」
ルッカが「うーん」と唸る。
「確かにその女の人は怪しいかも。でも、今さら犯人を見つけたところでドラゴンは止められないよね。犯人見つけてどうするんだろう」
「意味はある」
ドゥヴァはオレたちをぐるりと見回した。
「言い伝えによると、竜は逆鱗に触れた人間を殺すまで暴れるらしい。裏を返せばその人間を殺せば溜飲が下がって元に戻るってこと。ロザレスのお偉いさんはこの言い伝えを知ってたんだろうね。だから、犯人探しを始めた。でもロザレスだけだよ、何かしようとしてくれたのは。他の国はそのうち収まるとでも思ってるのか見て見ぬふりだよ」
「そんな話聞いてない…」
るるがぽつりと呟いた。みんなの視線が集まったことに気がつき、るるはわざとらしく話題を逸らした。
「きっと、ロザレス国はその女の人を探してドラゴンに差し出すつもりなのよね? 言い伝えの通りならその人が犠牲になれば元のドラゴンに戻るんだもの。これが1番効率的だわ」
るるは綺麗な顔に似合わず物騒なことをあっさり言う。
「メリナ姫はこの話を知らないのかしら。それとも知ってて助けたいから先に退治しようとしてるのかしら…ちなみに、その女の人の特徴は?」
「腰まであるさらさらのプラチナブロンドと目が特徴的だった。玉虫色っていうの? 光の加減で色が変わる不思議な目をしてた。あんな目立つ人すぐに見つかりそうなもんだけどね」
るるの目が大きく見開かれた。そして、深くため息をついた。
「ロザレス国はその女の人を探してない。諦めたんだわ。その女はおそらく『欲しがりやの魔女』。欲しいものは何でも手に入れる。女好きの父様でさえも手を出さない最強最悪の魔女よ。なるほど…ドラゴンの逆鱗を奪えるわけだわ」
納得したとばかりに1人ため息を吐くるるに、オレは思わず突っ込んだ。
「女好きの父様って。そういえばお前―」
何者なんだ、と滝でうやむやになっていた話の続きを聞こうとしたが、最後まで言えなかった。突然、どこからともなく火矢が窓ガラスを割り、パンナコッタの置かれた目の前のテーブルに突き刺さったからだ。矢の先には油を浸した布が巻かれている。
とっさのことで、みんな、ただその光景を眺めていた。呆然とした一瞬の隙に、次から次へと火矢が山小屋に撃ち込まれてくる。油と乾いた木のせいで、火は瞬く間に燃え広がっていく。
「みんな逃げろーっ!!」
ルッカの叫び声に、時間が再び動き出した。
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