第18話 刀の男
シン一行が登山を再開したころ、山の麓の
「いらっしゃーい。だけど今入山禁止中だよ」
男はカウンターに肘を載せ、身をのりだし、トゥリに向かって声をかけた。手には1枚の紙を持っている。
「忙しいところすまない。人を探している。恐らくないとは思うのだが…ここに来てないか?」
切羽詰まった声にただならぬものを感じて、トゥリはすぐさま立ち上がって、男の持っている紙に目をやった。よく見ようと紙を受け取ろうとしたが男は、触るな、というように手を引っ込めた。その態度に少しムッとしたトゥリは、壁に背をつき腕組をした。ちらっと見ただけだったが、すぐに分かった。
「あぁ、その子なら昨日来て、今朝登っていったよ」
ここ最近、この山小屋にきた客はこの男を含めて3組だけだから忘れるはずもない。そもそもサファイアの髪にペリドットの瞳が特徴的な美人だったからよく覚えている。男の見せた紙に描かれている少女にそっくりだ。トゥリの返事を聞くやいなや、男は、なにっ!と目を見開いた。
「なぜ止めなかった!! この山は今入山禁止のはずだろう!!」
「だってあの子止めても聞きそうになかったから。なんか押しが強いっていうか。それに…」
トゥリは男が腰に帯びている刀の柄に刻まれたバラの紋章をチラリと見た。男はその視線に気がつきさっと手で覆い隠した。
「それに、あのドラゴンを退治してくれるなら誰だっていいさ。お偉いさんたちはびびってるみたいだからね。そんなに祟られるのが怖いか」
トゥリだって今まで神と崇めてきたドラゴンを退治するのは忍びないし、恐れ多い。だがこのままでは山小屋の経営ができず生活が成り立たない。
トゥリだけではない。山からの恩恵で生活を成り立たせていた人間はたくさんいる。信仰心のために命尽きては本末転倒だ。だから、やむにやまれず入山禁止の山に入り、神に立ち向かう人間が後をたたないのだ。
山小屋はそういう人間を助けるために24時間休みなく開けている。それがトゥリに出来る精一杯のこと。
非力な平民が命懸けで戦っているのを見て、国や王は何も思わないのか。そう歯がゆく思っていたところにメリナ姫のあの結婚の条件が公表され、トゥリは救われる気がした。これでやっと力のある誰かがドラゴンを退治してくれる。
トゥリの隠そうともしない嫌味を聞くと、意外にも男は
「そのことは申し訳ないと思っている。だが王は神の祟りを恐れて兵を出さないのではない。あのドラゴンはそう簡単に倒せる代物では無いのだ。それを、あの子は、なんて無茶を…」
大の大人の絶望しきった表情を見て、さすがに少し可愛そうに思ったトゥリは、まぁ飲みなよと水を出してやり、慰めるつもりで他の情報を与えた。
「でも安心しなよ。あの子たちが出ていったすぐ後にメドウ王子の遣いの人が来ていろいろ準備してったよ。王子たちも今頃ドラゴン退治に向かってるはずさ。王子がやっつけてくれるよ」
男は弾かれたように顔を上げると、カウンター越しにトゥリの肩を掴み問いただした。
「今、「あの子たち」と言ったか? この子に同行する誰かがいるのか!?」
「えっ、そこ?」
美しい少女が描かれた紙を目の前に突きつけられながら、トゥリは考えていた。大金を持ち、バラの紋章を持つ男に追われるこの少女は、一体何者なのだろうか、と。
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