第17話 君の名はウーパー
結局、昨夜の晩飯は、4種のチーズが贅沢に使われた釜焼きピッツァだった。そして結局、オレたちはドラゴン退治に行くことになった。
準備してもらった登山道具一式を各々携え、まだちらほらと星が残る早朝、女店主に見送られながらオレたち3人は山の頂上目指して歩きだした。
暴れ狂うドラゴンは、頂上付近の火口を根城にしているらしい。長年イルドラゴ山の守護神として近隣諸国の人々から崇められていたが、3ヶ月ほど前から参拝の登山客がこのドラゴンに襲撃される事件が発生するようになった。命からがら逃げてきた登山客の話によると、そのドラゴンは登山客を見つけるやいなや飛びかかり、一緒に登山していた仲間を鋭い爪で八つ裂きにしたそうだ。本人はその隙になんとか逃げて下山してきたが、ドラゴンが尋常でなく怒り狂っていると震えながら話したらしい。今まで人を襲うどころか構いもしなかったドラゴンの変貌に山に近接する国の人々は怯えた。そして、守護神の異変を感じてか、山の動物たちも殺気だち、以前のように人間が安全に入れる山ではなくなってしまった。
その、今となっては疫病神となったドラゴンを倒した王子とメリナ姫は結婚する。何も問題はない気がする。なぜるるは危険をおかしてまで王子より先にドラゴンを退治したいのだろうか。
もともと登山客の多い山とあって、道はかなり整備されていた。オレたちは朝から休みなく進んでいき、既に太陽は真上に位置していた。近くから水が落ちるような音が聞こえてきた。メイド服にモスグリーンのマントを羽織って前を進むるるに、オレは涼し気な水の音に導かれるまま声をかけた。
「近くに滝があるはずだ。そこで少し休もう」
るるは首を振った。
「もう少し先まで進んでからにしましょう」
ルッカが声をあげる。
「ほんとだ。左の方にあるみたいだよ。水浴びしようっと」
ルッカは地図を見るなり登山道から外れて、滝に向かって走っていった。オレも慌ててついていく。ルッカと離れるとアンラッキーが発動する!
るるが大きな声で叫んだ。
「もうっ! 急いでるのに! メドウ王子に先を越されたら、ただじゃ置かないわ!」
るるはこの旅にかかる費用を全て負担していた。ドラゴン退治が終わったらオレたちに報酬も払うそうだ。どうやらレストランの店員は儲かるらしい。大金を出して雇ったつもりの2人が言うことを聞かなければ、そりゃ腹もたつだろう。
滝は登山道を外れてそんなに遠くないところにあった。水飛沫が光を受けて輝いている。小さな滝だが鬱蒼とした森の中、そこだけ開けて不思議と神々しい雰囲気を醸し出していた。
オレたちに少し遅れてやって来たるるは、滝の前で大きく深呼吸をした。
「まぁ、寄り道する価値はあったわね」
るるはこの景色に満足したようだった。機嫌を直してくれて少しほっとする。
「どっちにしても今日は2番目の山小屋にたどり着いたら終わりだ。夜の間は動けないし。それはメドウ王子だって一緒だろ? 追い抜かれることはないさ」
頂上まではおよそ3日かかる。道中、昨日の3oinkを含めて3ヵ所山小屋があり、そこで夜を明かしながら進むのが普通の登山客のルートらしい。無理して急いでも、気性の荒い動物や目的のドラゴンに遭遇した際に体力が残っていなかったら本末転倒だ。
オレの言葉に、るるは「それもそうね」と頷き、水に足を浸した。朝から歩き通しで足がパンパンだ。真っ裸のルッカが滝壷からザパーンッと姿を現した。
「水が冷たくて気持ちーい! シンとるーちゃんも入ったら?」
るるは飛び跳ね、ルッカに背を向けた。
「ちょっと! 早く服を着なさいよ!」
耳まで真っ赤になっている。意外とウブなようだ。それにしてもオレはともかくるるが入る訳ないだろ。ハッピーラッキーランドの貞操観念どうなっているんだ。ルッカは悪びれもせず滝壺からあがり、水気を払った。服を着ながらるるに問いかける。
「そういえば、なんでメリナ姫の結婚の邪魔をするの? ドラゴンを王子より先に退治したら、姫、結婚出来ないよね」
るるはルッカの質問に答えようと振り返った。が、ルッカがまだ上しか着ていないことに気がつき、顔を赤らめながら慌ててまた後ろを向いた。
「なんで上から着るのよ? 信じられない!…メリナ姫は結婚を望んでないからよ。ずっと結婚するように急かされてたけど、まだ早いって断ってたの。今回結婚を決めたのだって自分のためじゃない。国民のためよ。この山とドラゴンは近隣諸国の国民の信仰の対象で心の拠り所なの。それに山から取れる動物や木材や山菜で生計をたてている人たちもいるわ。だからこの山は安寧の地でないといけないの」
るるは「もういいわよね?」と振り向いたが、ルッカがまだ下を履いていなかったのでそのまま結局一回転した。
「早く下を履きなさいよ! ったく!…だけど、もともと神として崇められていたドラゴンだけに誰も退治する勇気が無かった。力のある王や貴族は見て見ぬふりをし、山に入らないと生きていけない非力な民草がどうしようもなしに山に入り、無残に殺される。この状況にメリナ姫は心を傷め、自分と引き換えにドラゴン退治をしてくれる王子を求めた。これがこの結婚劇の始まり」
「いい話じゃないか。メリナ姫は顔も心も綺麗な人なんだな。―ルッカはもう服着たぞ」
オレは感動した。国民を愛し、国民からも愛される姫、素敵だ。るるはやっと振り返り、手を腰に当て、オレを睨み付けた。
「全然良い話じゃなーい! メリナは本当は結婚したくないのよ!」
「でも、結婚するのは自分で決めたんだろ? それに、王子の方だって命掛けだよ。自分のために命を掛けてくれる王子との結婚はそう悪くないと思うけど」
「ウーパー」
何か聞こえた気がしたが、オレはそれどころじゃないあることに気がつき顔をしかめた。
「そもそもどこの国の王や貴族も手を出したがらないほどのドラゴンって…。それ、オレたちで倒せるのか?」
王や貴族なら軍や屈強な傭兵が用意できるはずだが、その王や貴族が行きたがらないのは余程そのドラゴンが手強いからなのではないか?
るるは少しむすっとした。
「神として崇められてるからってのが1番大きいわ。誰も神殺しなんてしたくないの。現に立候補したのは今のところメドウ王子1人だけ。ロザレスの姫の結婚相手の立候補者が1人だなんて前代未聞よ。これだってかなり時間がかかったわ。まぁ私はもう少し時間がかかると思ってたんだけど…。だから、私はあのレストランで、ロザレスや山の信仰とは縁の無い腕利きの旅人を探してた。そしてあなたたちに出会った。まぁ時間が無くて決めちゃった感も拭えないけど…。大丈夫よ、人間が勝手に神と崇めてるだけで退治したって祟ったりしないわよ」
「ウーパー」
やっぱり何か聞こえる気がする。ルッカがキョロキョロしながら、会話に口を挟んだ。
「ボクはスーパーラッキーボーイだし、シンは今さら祟りなんて気にしないよ」
これには頭をぽりぽり掻くしかなかった。まぁ確かに、これ以上祟られようも無いしな。
「だからドラゴン退治に行くのは構わないよ。だけど、るーちゃんはメリナ姫の一体何なの? なんでそこまでメリナ姫の結婚にこだわってる?」
ルッカの問いはもっともだ。何の権利があって、るるはメリナ姫の結婚を止めようとしているのだろうか。
るるは下を向いた。口元に手をやり、言おうか言わまいか悩んでいるようだった。しばらくして、意を決したように口を開いた、その時だった。
「ウーパーッ!」
オレの顔に何かひやっと冷たい物体が飛びかかり、がっちり貼り付いてきた。ぷにぷにした感触で、鼻と口にぴったりフィットし、息が、出来ない。
「「んぎゃあ!!」」
ルッカとるるが変な声を上げ、慌てながら、オレの顔からその物体を引き剥がそうとしている。
「ウーパー!ウーパー!」
「んーっ! シンから離れろー!」
しばらく取っ組み合いは続いた。引っ掻き傷を作りながら、なんとかそれの引き剥がしに成功した。オレは肩で息をしながら、ルッカが首根っこを捕まえているソイツをまじまじと見た。
「ウーパー…」
つぶらな瞳、ヒラヒラとした角のようなもの、小さな髭、長いしっぽを持つソイツはショボくれたように手足をぷらーんとさせ小さく啼いた。
◇◇◇
滝でのシン一行の様子を少し離れた場所から覗きみる人影があった。短い青髪の中に、年相応の白髪が幾房か混じっている。男は双眼鏡から目を離し、1人呟いた。
「あれは…あの方は…! 王子に伝えねば」
男は登山道に戻り、元来た道を急ぎ戻り始めた。
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