第15話 山に向かってゴーゴーゴー

「るーちゃんの目的地ってあの山?」


 ルッカが左手でハンドル操作しながら、右手で目の前に見える黒々とした山を指差し、後ろのあの子に問いかけた。


「そう、イルドラゴ山。―それと、るーは偽名。本当は、るるっていうの。まぁ、好きに呼んで」


 るー改め、るるは店先で買った号外から目を離すことなく返事した。オレはそれを後ろから覗きこむ。アーモンドのように切れ長で大きな瞳の女性が、栗色の豊かな髪にティアラを載せ、微笑を湛える肖像画が真っ先に目に飛び込んできた。これが噂のメリナ姫なのだろう。るる以上に美人かもしれない。こんなに美しい姫と結婚できる王子はさぞ幸せものだなとメリナ姫の肖像画の隣にある王子の肖像画に視線を移す。フィリペンドゥラ国のメドウ王子というらしい。


「このメドウ王子ってのがメリナ姫と結婚するのか?」


 るるは振り返り、オレをキッと睨んだ。どうやら逆鱗に触れたらしい。オレはキュッとなった。


「まだ立候補しただけよ。ロザレスの姫は先に「結婚」することが決まるの。「相手」は後回し。「結婚」の発表と同時に肖像画と名前と好物が初めて城の外に公表される。そうして初めて、他国の王や王子から求婚される。ロザレスの姫はみな器量良しで人気物件よ。だから、条件を出して、最初にクリアした王か王子と結婚するっていう決まり。でも…今回はそう簡単に決まらないわ」


 そう言って、るるは忌々しそうに号外をくしゃくしゃにし、目の前にいるルッカのポケットに乱暴に突っ込んだ。かなりむしゃくしゃしているようだ。怒った顔も綺麗だ、いや、むしろ怒った顔の方がオレは好きみたいだ、と自分でも知らなかった新たな自分を見つけてしまい、感傷に浸っていると、急に車が止まったので、オレは車から転げ落ちた。


「「大丈夫!?」」


 王都でレンタルしたくまのぬいぐるみ式ネジ巻き車から2人が心配そうに見下ろしている。長い間ずっと1人だったから少し前まではオレのことを心配してくれる人間なんか居なかった。馴染みのない感情が沸き上がってきて扱い方が分からない。


「なんてことない」


 ぶっきらぼうに言いながら、差し出されたるるの手を借り、くまのぬいぐるまによじ登る。ルッカがオレに向かってウインクしながら手を合わせる。


「シン、ネジ、巻き直してくれない?」

「分かった」


 オレはくまのお尻の方に体を反転させた。しっぽの上にネジ巻きが生えている。折れた右手も器用に使いながらネジを回す。小さなことだが人に頼られて、それに応えられるのが嬉しい。今までなら足手まといにしかならなかった。


「背中土まみれじゃない!」


 まったくもう、とるるが服についた土埃を華奢な指で丁寧に払ってくれる。飴とムチが絶妙だ。そして、オレのアンラッキーっぷりを知らないとはいえ、何の躊躇いもなくオレに触れてくれるのが嬉しい。


 オレは後ろを向いていて良かったと心底思った。顔がにやけてどうしようもない。なんとか平静を装って声をあげた。


「いつもより多く回しておきましたーっ!」


 くまのぬいぐるまは止まる前と同じように時速60kmで快走しだした。それからはノンストップで進み、目的地イルドラゴ山の麓には陽が沈む前に到着した。

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