第14話 温もり

『メリナ』は普通のオムライスだったが、バターライスのバター加減がいい塩梅で、食べていてほっとする味だった。ここの姫たちは嫁ぐ前の最後の晩餐で、好物を食べる慣わしらしい。母国で食べる最後の料理にこれを選んだメリナ姫の人柄が想像できた。

 食事を終え、見たことのないメリナ姫に想いを馳せていると、あの美人メイドがコップに水を注ぎにやって来たので、オレは無意識にビシッと背筋を伸ばした。


 背を伸ばしついでに窓の外の喧騒に気がつく。どうやら号外が配られているようだ。


 人々が 赤いベレー帽の号外売りの少年に群がっている。扉が勢いよく開き、太めの中年男が握りしめた号外を高く振りあげながら店の中へ入ってきた。


 店中の人間が何事かと注目している。中年男は皆に聞こえる大きな声で叫んだ。


「フィリペンドゥラ国のメドウ王子が立候補した! お祝いだ! 今日の王都での飲み食いは全部ロザレス王持ちだそうだ! ありったけの酒を持ってこーい!!」


 中年男の話をきくやいなや店中が沸き立ち、拍手喝采が鳴り響いた。オレも良く分からないまま拍手してみた。ルッカも指笛をピューウッと鳴らしている。明るい空気で店内が満たされている中、横から沈んだ声がポツリと聞こえた。


「…思ったより早いわね」


 美人メイドが俯いている。オレとルッカは揃って彼女に目を向けた。ちょうどその時、店長らしき人物がこちらに手を振り、叫んだ。


「るーちゃーんっ! 8番テーブルにお酒持ってってー! 今日は忙しくなるぞー♪」


 飲食代が全て王様持ちになると聞いた店長は、今日の売り上げを皮算用して笑いが止まらないようだ。るーちゃんと呼ばれた美人メイドもニッコリと笑い、手を振り返した。


「てーんちょーっ! 今からしばらくお休みもらいまーす! 制服もしばらく借りまーす♪」

「えっ!? 何言ってるの稼ぎ時だよ?! 急に困るよ…ヒッ!!」


 店長が急に身をすくめた。るーちゃんがいつの間にか鞭を手に持ち、床に打ち付けていた。


「てーんちょー? 休んで良いわよねー?」


 るーちゃんのペリドットの瞳が店長に氷の眼差しを向けている。店長はぶるっと身震いした。


「はいっ!大丈夫です!制服もどうぞご自由に!」

「よろしい」


 店長に言い捨てると、るーちゃんはこちらにニッコリ向き直った。


「あなたたち旅の途中なのよね? あなたたちに決めるわ。私に着いてきて。だから、あなたたちの用事は後回しにして」


 話がさっぱり読めない。


「そんな勝手な話…ヒッ!」


 とっさに反論してしまった。るーちゃんがピンっと鞭を張る。なんだろう、この感覚。ゾクッとする。


「良いわよねー?」


 るーちゃんは笑顔だが、目が笑っていない。ルッカは楽しそうにオレとるーちゃんの顔を交互に見ている。ルッカは恐らく着いていく気だ。目的の方からルッカに向かってやってくる。きっとこれがそうなんだろう。


 ここに来るまで情報収集はしていたが、ラッキーとアンラッキーを相殺するのに役立ちそうな話は聞かなかった。


 ルッカが行くつもりなら、オレに選択肢は無い。だから、着いていっても良いが、美人だからというだけで言われっぱなしなのも癪に触る。ルッカにもオレはやる時はやる男だということを見せなくてはならない。オレはゴホンと咳払いした。


「ま、まぁ、着いていってやっても良い。だが、その前に武器屋に行く」

 

 るーちゃんはぴしゃりとはねつけた。


「そんな時間ないわ。武器ならこれを使って」


 そう言うやいなや、躊躇なくメイド服のスカートをたくしあげ、ガーターリングから小型のカランビットナイフを取り出し、オレに手渡してきた。


「はひっ! まだあったかいです!」


 ペリドットとライラックの氷点下の視線がオレに突き刺さる。2人とも、そんな目でこっちを見ないでくれ。なぜだかゾクゾクしてしまうから。

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