第12話 新しい朝

 その晩、オレとルッカは倒したキノコ魔人を正面に一夜を明かすことにした。満月がそれはそれは明るかったので火はもう焚かなかった。火を恐れる程度のケモノならオレでも倒せるし、火を恐れないバケモノならなるようにしかならない。


 近くに湖があったので、ルッカは汚れた体と服を洗いに行き、ハピラキうさちゃんのルームウェア(オレの分もあるそうだ)に着替えて戻って来た。戻ってくるなり、リュックからいそいそとハンモックを取り出し、大きな木と木の間に吊してそのまますぅすぅと寝息をたて始めた。終始元気そうにしていたが、実は相当疲れていたのだろう。それにしても、キノコ魔人に遭遇した直後に普通はこうも熟睡できない。


「まったく変なやつだ…」


 思わず出た独り言に自分で少し笑ってしまう。ルッカに抱き締められた時の言葉を思い出す。アイツは本当に死ななそうだ。とりあえずお言葉に甘えて、今日死ぬのは明日に延期しよう。そう思える説得力だった。


 目が妙に冴えて寝付けなかったので、ルッカの足側の木の根元に縮こまり「着の身着のまま旅行日誌」の地図を開いた。ルッカと一緒にキノコ魔人の液体に流されたので少し臭くなっているが、液体は本の中まで浸透しなかったようで文字や図は問題なく読める。湖が目印になり、自分たちが実はオレアレス国とその隣のロザレス国の国境付近にいることが分かった。


 考えてみればハッピーラッキーランドがオレアレスの端にあるのだから隣国ロザレスがそう遠くないことは当然のことだった。


 ロザレスは大きな国だ。歴史も古い。ウッチェロによれば、国王は当代きっての博愛主義者で、異文化交流を推奨するおおらかな人物のようだ。この本が出版されたときから国王が変わったと言う話は聞かないので、おそらく今も現役だろう。本に書かれているとおりなら、いろんな人種、いろんな情報が集まる国になっているはずだ。もしかしたら、ラッキーとアンラッキーを相殺する方法も見つかるかもしれない。明日ルッカに相談してみよう。街でオレの武器や旅の道具も揃えたい。せっかくだから観光も少しして…。


 考え事をしているうちに、オレはいつの間にか眠りについていた。


 小さな物音で次に気がついたときには、太陽の光が木々の後ろからほんのり射し込み、早朝らしい爽やかな空気が辺り一面に広がっていた。昨夜の鬱蒼とした森と同じ場所とは思えない。

 折れていない方の腕を伸ばして大きく息を吸い込んだ。昨日泣いたからだろうか、気持ちもすっきりしている。

 

 頭上から朗らかな声がした。


「おはよー。朝ごはんたべよー」


 ルッカが目を擦りながらハンモックから降りてきた。寝ぼけ眼でのんびりと服を着替えている。オレは湖に顔を洗いに行くと告げ、


「途中で木の実とか木いちごとか拾ってくるよ」


 と手を振った。朝食には悪くないだろう。ルッカから寝ぼけた声で「ありがとー」と返事がある。


「じゃあ、ボクはキノコ魔人解体しとくね」

「なんて?!」


 慌ててルッカを見る。ルッカはあくびをしながらもチャクラムの穴に人差し指を通しビュンビュン回転させている。やる気だ。


「まてまて! キノコ魔人解体してどうするんだ」

「うーん。ソテーにしようかな。朝ごはん」

「えっ。食べるの?!」


 驚くオレに、逆に驚いたようにルッカは答えた。


「食べるよ。「キノコ」だもん。」

「「魔人」部分よく無視できるな!どういう神経してんだっ」

「逆に聞くけどなんで「キノコ」部分無視するんだよ」


 このやりとりで朝からドッと疲れた。昨夜、ルッカに心打たれたオレの気持ちを返してほしい。コイツは変なやつじゃない、とっても変なやつだ。


 結局キノコ魔人は食べた。ちょっと唇がシビシビしたけど美味しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る