第3話 夢の国

「目、覚めたんだ! 良かった」


 そう言って金髪野郎はベッドに走り寄ってきた。歳はオレより2~3下くらいだろうか。無造作にかき揚げられた前髪越しのライラック色の瞳で心配そうに、そして興味深そうにこちらを覗き込んでいる。


「とりあえず水持ってくるね。他に何だったら食べられそう?」


 あまりにもまっすぐ向けられる視線に緊張した。人と話すのはいつぶりだろう。つい顔を背ける。


「…何もいらない」

「遠慮するなって。じゃあ、適当に持ってくる」


 断るオレを無視して、金髪野郎は嬉しそうに出口へ小走りした。去り際、こちらを振り返り「キミ3日間目を覚まさなかったんだよ」と言い残し出ていった。


「いらないって言ってるのに…」


 3日も世話になっていたとは思いもしなかった。これ以上ここにいるわけにはいかない。今のうちに出ていこう。オレはいつもの癖で左耳にそっと触れる。こうすると少し落ち着くのだ、が…。


(「無い…」)


 いつも左耳につけているピアスが無い。そういえば、服も変な服に着替えていて、元々着ていた服が見当たらない。服はどうでも良かったが、ピアスは名残惜しかった。ピアスだけがオレに与えられた唯一のものと言っても良かったからだ。


 金髪野郎が盗んだのか。いやあれにそんな価値はない。では、海を漂流中に外れてしまったのだろうか。であれば今頃海の底だ。残念だが、どうしようもない。


 諦めよう。早くしないと金髪野郎が戻ってくる。


 オレは壁に沿いながら窓へ向かって歩き出した。

 大海原の漂流と3日間の寝たきりですっかり体力が落ちている。窓にたどり着くまで思いのほか時間がかかってしまった。窓枠に背を預け深呼吸し、少しの運動で上がった息を整え、ようやっと外に視線を向けたオレは窓から見える光景に目を疑った。


「こ、これは…!? ここはもしかして…!!」


 その時、扉の開く音がした。金髪野郎が水の入った瓶とフルーツのカゴ盛りと果物ナイフを器用に抱えて部屋に入ってきた。思ったより戻りが早い。窓辺で呆然と立ち尽くすオレに気がつくと、金髪野郎はニヤリと笑った。


「あ。もしかして気付いちゃった?」


 金髪野郎はベッド脇のテーブルに水とカゴ盛りをゆっくり置き、カゴの中からリンゴを1つ取り出した。果物ナイフの刃先をリンゴに向け、ためつすがめつしている。ずいぶんと切れ味のよさそうなナイフだ。


 オレはナイフに視線を合わせたまま、小さい頃に読んだ一冊の本を思い出していた。それは著者が旅した国のことを面白おかしくつづった旅行日誌で、海沿いに位置する「ある国」のことも書かれていた。


 自分が今着ている服をあらためて確認する。さっきまで気がつかなかったが首元に大きなフードが付いている。


(「いや…まさかな…」)


 そんなことあり得ない。そう、あり得ないはずだ。だが本当に? 本当に100%あり得ないのか?

 ええい、聞けばすむ話だ。


「おい、ここってもしかして…」


 金髪野郎はリンゴから目を離し、オレに向き直った。やけにニコニコしている。返答を焦らすようにゆっくりと口を開いた。


「そうだよ、ここは……。」


 心臓がドッドッと早鐘を打つ。溜めるな! 早く言え!!


 金髪野郎が飛び切りの笑顔を見せた。


「ここは、みーんな大好き『ハッピーラッキーランド』! 通称『夢の国』だよ♪ ハハッ!!」

「やっぱりー!!!」


 柄にもなくオレのテンションはぶち上がった。ハッピーラッキーランドの人気マスコット「ハピラキうさちゃん」のなりきりルームウェアを着ていたのもきっとその一因だろう。

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