⑯16:35

踊りが、終わった。

会いに行きたくなる心を、なんとか閉じ込めた。

彼女の踊りは、俺に向けたものではない。いま会えば、俺の心で、彼女の踊りを壊してしまうかもしれない。

それは、できない。


もう、会うべきではない。彼女は、私を喪失したことで、芸術性を獲得した。


席を立った。

とぼとぼと、歩く。

三年前のあの日。突き放さず、差し障りのあるまま抱きしめていれば、どうなっただろうか。彼女を、得られたんだろうか。

彼女は、私にもういちど描く力をくれた。そしてそれは、三年間も私を山と向き合わせてくれた。

その三年間よりも大事なことが、あのとき、抱きしめていれば、得られたのではないのか。

彼女の思いを、突き放さず、受け止めていたら。


考えても、仕方のないことだった。


ドリームロールに挨拶だけして、また、山に戻ろう。たぶんしばらくは、描けない。

彼女の顔が、踊りが、目に焼きついてしまったから。この失恋を、表現する術を、持っていなかった。


電話。

『どうだった。最高だっただろうが』

「ああ。素晴らしかった。彼女にはもう会えないな。すぐ山に戻るよ」

『なんだてめえ失恋したみてえな口調で』

電話を切った。

誰とも話す気にならないし、誰とも会う気になれない。

「ドリームロールのお菓子が、食べたいな」

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