第17話 お茶会はサボるためにやってるんじゃないぞ。

 カッチカッチ。

  カッチカッチ。


 時計の針の刻むリズムはいつも同じはずなのに、感情の違いによってどうしてこうも変わるのだろう……

 うん。これは哲学だな。


 俺はピエーンが逃げ帰った後、ギルマス室に戻り、椅子に腰かけ時計の刻む音をずっと聞いていたのだ。

 哲学者達もこういう心境だったのだろう。俺はまた一つ真理にたどりついてしまったようだ。


 それにしもて、ただ待つだけという時間は非常にストレスが溜まるものなんだな。

 そう考えるとピエーンの登場は程よい暇つぶしになった。……気がする。気がするだけだが。


 今の時刻は15時49分48び……49秒だ。

 今の俺なら目をつむっていても時間が分かる。なぜなら、ひたすらに時計の針の音を聞き続けていたのだから。

 大臣と待ち合わせの時間を考えると17時にはここを出るのが良いだろう。

 あと、4271回、時計の針が動いたら俺は動けば良い訳だ。


「――ナンドー? フェルナンドー。おーい。聞いてるー?」


 ――ん? 扉の先から聞こえる声はマーズの物だ。

 俺を呼んでやがる? 一体何の用だ?

 俺は部屋に入るように促した。


「――」(ちょっと待て!!!)


 正確には声を発する前に止めた。

 ちょっと待て。ものすごく嫌な予感がする。

 俺の嫌な予感は女の勘よりも当たるのだ。

 的中率は120%と言っても良い。


 一瞬思考を放棄しそうになったが、待つんだ。

 今、俺にはカードが三枚ある。


▶居留守を決め込む。

▷部屋に入れずに話をしてもらう。

▷部屋に入れて話を聞く。


 どれだ。どれが正解だ……

 圧縮された時の中、俺の選んだ選択は……


▶部屋に入れて話を聞く。


「――聞いている。話なら聞いてやるぞ。どうした?」


 俺は扉を開けてマーズを部屋に入れた。

 そうだ。ちょっとした退屈しのぎになるかもしれんからな。

 流石に時計の針を数えるのはうんざりしていたのだ。

 体感では今日だけで一年は過ごしたみたいな感覚だ。

 ……ってこれ? リリアンと同レベルの発想じゃ……?

 止めだ止め。

 あんなサルレベルに落ちるのは人として悲しくなってくる。


 改めて俺はマーズを見た。

 俺の視線に気が付いたのか、一瞬ぱぁっと顔を明るくさせてリリアンは首を傾げながら聞いてきた。

 

「どうした? フェルナンド? 今日はずっと上の空って感じね。」


「いや、なんでもないよ。俺だって緊張が抜けるとそうもなるさ。さっきは先代の奴が押しかけて大変だったからな。」


「そうなのね。まぁ、どうでもいっか。」


 どうでもいいのか……


「そうだ。リリアンの言ってたお茶会って奴やりに来たのよ。」


 マーズの背中にはお茶や菓子が置かれたワゴンが置かれている。

 

「なるほどね。」


 お茶会という名のサボりな。

 リリアンの奴め、余計な事を新人に教えおって……

 俺はマーズの持ってきた台車を観察する。


「カップケーキに紅茶か。悪くないな。」


「でしょ!? これね。街でちょっと有名な雑貨屋で売ってる物なの。ほら、知ってるかしら? 街の中心にある勇者パーティが開いた雑貨屋の。昨日、偵察に行った帰りに買ってきたのよ。」


 勇者パーティの雑貨屋。あぁ、ジェットの店か。

 あいつの店も中々繁盛しているようだ。


「そうなんだな。それじゃ早速。」


 適当に相槌を打ちながら、リリアンの時と同じように俺は机と椅子を出して――


「!? フェルナンド、今、何したの?」


 準備の途中でマーズが割り込んで来やがった。


「お茶会用のテーブルと椅子を出しただけだが……?」


「何にも無いところから出てきたように見えたんだけど!?」


「あぁ――」


 ちょっと待て。リリアンの阿保ならともかく魔法に詳しいマーズなら、めんどくさいことになりそうだ。

 教えてなんていわれたたまったもんじゃない。ごまかすか……


「この部屋にはお茶会のために色んな仕掛けが用意してあるからな。」


「へー。」


 聞いといてやけに興味なさげな返事だな。

 もっと驚いてもいいだろう。


「やっぱりリリアンの言ってた通りね。」


 リリアンが? 何を言ってたって?


「『フェル様は凄いんです。あの人はお茶会に人生かけてるんですよー。なんか色んな物があるんです。アレは女の子と話したいだけの変態ですね。

 でも、暇なときはお付き合いしてやるのはいいですよ。何といってもサボってても何も言わないんですから。』って。」


 おぃいい!!! なんて奴だ。

 あの野郎…… 人の好意を無下にしやがって。

 って、マーズお前はリリアンの物真似がうまいな。


「そうか。リリアンがそんな事を……お前は駄目な先輩を見習っちゃ駄目だぞ。」


「リリアンが駄目な子なのは知ってるわ。何といってもあのダメンズギランドを伴侶に選ぶ見る目の無さからも十分伝わってるもの。」


 君、案外辛辣やね。

 そして、それは、リリアンよりもギランドにダメージが行きそうだ……


「まぁ、異性の好みは人それぞれさ。きっとギランドにも良いところがあるだろう。」


「フェルナンドはギランドを認めてるの?」


 認めてるとは違うな。

 なんやかんやで魔王を倒せたのはあいつがいたからだからだ。

 それに、俺が魔王討伐パーティをリーダーであることを口外しないことも守ってくれている。

 アイツの良いところは義理固いそういう所にあるんだ。


「まぁな。奴には世話になってるからな。そういうマーズもギランドの事を調べているのか?」


「勿論よ。敵の情報は知っていて損はないもの。私は絶対に魔王軍を復活させるわ。勿論お父様や水龍の仇ってところもあるけど。 

そのために一番の障壁になるのは魔王を討伐したパーティの奴らよ。

 敵は調べるのは当然よ。

 ここに居ればギランドの情報は勝手も集まるもの、こんなに楽な事はないわ。」


 敵に情報が渡ってるなんて思いもしないだろう。

 なんて悲惨なんだギランドの奴……


「まぁ、程々にしておいてやってくれな。」


 まぁ、ギランドの情報なんて対したことはないだろうが。


「だめよ。あいつの成長速度は異常よ。これからも注視しないといけないわ!」


 え!? 成長?

 あまり感じなかったけど。


「今のギランドは、歩くだけでマッハ3を超えて、ジャンプをすれば宙に行くことができるのよ。そして、黒騎士ブエルグン。世界を両断する騎士を使役する。もう神の領域に上り詰めているかもしれないの!」


 えぇ……

 ……それどこ情報?


「それしても、マーズが持っているのは随分と偏ったギランド情報だな……」

 

「ふふっ、リリアンが勝手に色々情報を持ってきてくれるのよ。」


 あっ、リリアンが伝えているギランド情報は200倍くらいに盛られてそうね……


「そうか。魔王軍の復活に向けて本気なんだな。」


「当然よ! 今は、せっかく人の住む国に入れたんだから市場調査よ。この機会を逃すなんてもったいないわ。」


「真面目だな。その若さがまぶしいぜ。」


「ちょっとぉ。そういう風に揶揄うのは止めてよ――熱くなり過ぎちゃったかしら。」


 顔を赤くしながらマーズはお茶をこくこくと飲み始めた。

 小動物みたいなやつだ。


「そういえば、仕事の後は何か予定でもあるのか?」


「昨日、街を歩いていたら誘われたのよ。」」


「もしかして、それはナンパという奴か……?」


「違うわ? 新しい仕事の紹介だったの。今は魔王軍の復活が一番の目標だもの。それ以外にかまけている暇ないわ。そのためにもお金を手に入れつつ、人族の調査ができる仕事はもっともっと積極的にやらないと!」


「そうか。それは頑張れよ。」


 良かった……

 マーズに彼氏がいるとか言われていたら俺はここから飛び降りていたしまっていたかもしれない。


「フェルナンドはどうすの?」


「俺か? ふっ、今日はお偉いさんの接待があってな。」


「あら、お茶会と言い、飲み会と言い。大層なご身分ね。」


「そう言ってくれるな。これも仕事だよ。」


「そっか。フェルナンドもお仕事頑張ってね。」


「あぁ。」


 お茶会も終わり、あとは大人の時間なのだ。

 カチカチ。あと1600回。

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