第16話 時間って残酷だよね……

「どうしたの? フェルナンド。今日はやけにそわそわしてるじゃない?」


 あぁ、マーズか。

 ハンターギルドの事務の制服を着たマーズが俺をみて心配そうに声をかけてくる。

 そうか、マーズを引き取ってからもう二週間か……

 時が過ぎるのは早いものだ。


「いやなんでもないぞ。」


 しかし、そわそわしているのは間違いないだろう。

 なぜなら今日は俺が心の底から待ちに待った日だ。

 そう大臣から譲ってもらった女の子のお店のVIPルームに行くと決めた日だからだ。


「そ、そう……?」


 早く今日の仕事よ。終わってくれ……

 大臣とは、19時に待ち合わせをしている。

 今は、10時。

 あと9時間か、くっくっく。


「あーはっはっはっは。」


 思わず高笑いが出てしまうというもの。


「リリアーン! 来てくれー!! フェルナンドが意味もなく笑ってて不気味だぞー!!!」


 マーズはそう叫びながら部屋の外に出て行ってしまった。


―――

――


 カッチカッチ……


 むぅ、時間が進むのが遅いな。まだ14時……

 あと5時間もあるではないか!?

 今日の時間の進みは一体どうなってやがる?


ばん!!!!!


「フェル様!!! 大変です!!!」


 リリアンがギルマス室の扉を破って部屋に入ってきた。


「なんだ?」


「それが……」


 リリアンは言いにくそうな顔をしながら言い淀む。


「なんだ? リリアンでも言いにくいって相当な事か? 気にするなよ。さっさと行ってみろよ。」


「……不審者です。フェル様に会わせろってずっと言ってます。でも大丈夫です。フェル様は少しだけ時間を稼いでくれれば――」


 んー?

 俺に会わせろ? 理由が全く分からないな。

 宝くじを当たると親戚が増えるというらしいが、最近の稼ぎを聞いた輩が俺の知り合いでも騙っているのか?

 今ままでそんな不審者が出ることなんてなかったからな……

 それにしても、なんか不穏な空気が流れてる気がする。


「良し、リリアン。そいつの所に連れてってくれ。 俺がさっさと追い出してやるよ。」


「それじゃ、こっちに来てください!。」


 リリアンは顔を明るくして、俺の手を引っ張った。


「おいおい。そんなに引っ張るなよ……」


―――

――


 俺が連れてこられた場所はギルドにあるクソまず食堂。

 なんだ? 食堂?

 今やハンターギルドば金があるんだから、こんなところで飯食う奴なんておらんだろ。


「で、どいつなんだ?」


「あの人です。」


 リリアンがおずおずと指差した。

 おい、人を呼び指すなって……リリアンの指差す人物を見た瞬間理解した。俺はそいつを知っている。

 怒りで自然に目がぴくぴくと動いてしまう。

 流石の俺も感情が追いついていないようだ。


「……あいつ、まさか先代?」


 俺のぼそりというつぶやいた。

 その呟きで気が付いたのか先代ギルマスが俺の方を見た。

 どんな地獄耳だよ。


「おうおう、フェルナンド!!」


 口に飯を突っ込みながら気さくに手を振ってきやがった。


「もしかしてフェル様は知り合いですか?」


「あぁ。だが、リリアンは知らないよな。あいつは先代のハンターギルドのマスター、ピエーンだ。」


「えぇ? あの人が……?」


 リリアンがドン引きするのも仕方あるまい。

 そう。身なりがボロボロなのだ。

 そして、こんなクソまず食堂の飯をバクバク食っているところからも決して良い生活を過ごしているとは思えない。

 不審者と言われるのも仕方ないくらいだ。

 

 そして何より髪の毛がなくなっているではないか! ぴっかぴっかになってやがる。

 ここを出ていく前はふっさふっさの長髪だった。何が起きた起きたんだ?


「何のようだ? 今のハンターギルドは忙しいんだ。ギルドを捨てた奴を迎えている余裕はない。」


 俺の毅然とした態度は当然の対応だ。

 モンスターの激減と国策によりモンスターの討伐業務が斜陽業界となった瞬間、こいつはそれまでギルドで蓄えていた金を持って出て行ったのだから。

 そのせいでハンターギルドは大変な目にあったのだ。

 俺が何とかしてやったからよかったものの、あのままだったら潰れていたんだぞ。


「いやいや、そんな邪険にするなよ。そもそも俺はギルドを捨てた訳じゃないんだ。」


 何か理由でもあるのだろうか? 妙に神妙な面持ちだな。

 流石に理由くらいは聴いてやってもよいか。


「で、俺を呼んで何のようだ?」


「お前ら、たんまり報酬もらったんだろ? それを俺に分けてくれよ。」


 手を金の意味する形にしながらゲスい顔でいいやがる。

 なる程。金の工面をしてほしいと。

 こんな奴に出す金はビタ一文ありはしない。


「無理だな。他をあたれ。」


「そう言うなよ! 俺は苦労に苦労を重ねてこんなんになっちまったんだぜ?」


 ツルツルになった頭を指差しながら先代は言う。

 あれだけ、ふっさふさだった頭は本当に無惨な枯山水になった理由は確かに気になる。


「何があったんだ?」


「くくく。其れを語ると長くなる……今はそれよりも今後の話をしようじゃないか。」


 おい、興味があるところを語らないのってのはルール違反だろ。

 そんな俺を無視して、ピエーンは続ける。


「俺は時間を操る為の修行をしているんだ。」


 時間……だと?

 流石の俺でも……時間は止めるくらいしかできない。


「無理だろう。」


 何を言いたいかわからないが、俺はバッサリと切り捨てやった。

 俺に無理なら世界中探しても無理に決まっているのだ。


「そうさ。フェルナンド。お前はそう言うだろう。流石のお前でも時間は操れまい……だが俺は、気が付いたのだ。そう、時間は操ることができることをな。ちょっと見ていろ……」


 瞬間、こいつが食べていた物が、皿の上に戻っていくではないか!?


「な、なんだと……!?」


 あまりに悍ましい光景に俺はドン引きだ。

 時間が巻き戻ってることはこの際どうでもいい。

 今しがた起きてるこの絵面の方が大問題だ。男の口から食べ物が逆流してるんだぞ? きっしょいたらありゃしない。

 俺はリリアンの目をそっと覆い隠してやった。


 人通り皿の上に食べ物が戻った後、ピエーンはドヤ顔を俺に向けていた。


「どうだ?」


「いやいやいやいやいやいやいや!!!! 『どうだ』じゃない!! 女の子の前でやることじゃないだろ!! きっしょいもん見せやがって!!! そもそも時間を戻して何をやりたいんだよ!?」


「俺、俺は、俺はな……」


 大分溜めるな……


「ふっさふさのあの時に戻りたいんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 一端溜めてから、相当にデカい魂の叫びをあげた。 


「フェルナンドォ……頼むよぉ。金がないと研究ができないんだよ……」


 髪がなくなったことをそんなに……


「……時間を戻すってのは、禁忌に触れるかもしれない。それでもやるってのか?」


「あぁ。俺の抜け落ちた魂が復活するためには、時間を戻す覚悟が必要なんだ……」


 ……男なら答えは決まってるよな。


「リリアン。」


 俺はリリアンと目を交わしサインを送る。

 リリアンはこくんと頷いた。

 そうだ。金を恵んでやれ。髪がなくなるなんてそんな残酷な――


「フェル様、この野郎をさっさと追い出してやりましょう!!! マーズちゃん!!!」


 えっ!?


「うむ! わかった!!!」


 マーズ? なんで?

 何、そのごっつい武器。って、いきなり発砲!?

 ピエーンに当たっちゃうよ!

  

「クソ! フェルナンドの裏切り者め!!!!! 俺が時間遡行ができてもお前には絶対使わせてやらんからなぁ!!! 覚えてやがれ!!!!!」


 そういってピエーンはその場を素早く駆けていった。

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