第3話 これは新しいフラグやね! 俺はこういうの詳しんだ。

 次の日、マーガレットは宣言通り、礼儀正しくきっちりした字で書かれた辞表を俺に提出しにきた。


「お世話になりました。」


 綺麗なお辞儀と共に、淡白な挨拶。

 引き留めようかと思ったが、それはやめた。

 これから幸せになろうって言うんだ。引き留める権利など俺にはない。

 俺は去るもの追わずの精神を大事にしている。誰に対しても引き留めるなど無粋な事はしない主義なのだ。

 

「サバタと幸せになるんだぞ。困ったらハンターギルドに戻って来いよ。優秀なお前だから即採用するぜ。」


 それだけ告げる。

 マーがレッドは顔を赤らめながら、「はい。」っと小さくつぶやく。


 お別れはいつだって淡白なものだ……

 まぁ、永遠の別れって訳じゃない。

 なぁに、また会える。


「今度、サバタとお前のお店に行くよ。」


 そして、マーガレッドはハンターギルドを去っていった。


――――


 それから……早くも一週間が経過した。


☆☆☆


 俺はジェットの時と同じように、泣いてしまうのではないと思ったが、マーガレットが開いた穴は予想よりも大きくて、ずっと多忙な毎日に翻弄されていた。

 お陰で寝る間も無く、惜しみなく働くことで、サバタとマーガレットの事は過去にできたようだ。

 いや、俺とマーガレットは付き合っていたわけじゃないし、サバタが結婚する事は悔しいが喜ばしい。

 それじゃ、何が悲しいって……


「なんで、NTRれたっぽくなってんだよ!!」


 バンっと机を叩き項垂れる。


「フェル様!!! 大丈夫ですか? なんかすごい音しましたけど……?」


 女の声。顔を上げるとメイド服を着たリリアンが立っていた。


 リリアンはハンターギルドの名物受付嬢。

 青い髪に青い瞳。

 青で作られた顔のパーツが白い肌に載っている。

 まるで海のような少女だ。

 マーガレットの後任として秘書も兼務でやってもらっている。


「あぁ、大丈夫。」

「フェル様、マーガレットさんが辞めてからずっと忙しそうですもんね。溜まってるんじゃないですか? ゆっくりお休みになった方がいいですよ。」

「仕事をしてた方が楽な時もある……」

「そうなんですかぁ? あっ、なら私、紅茶でも入れてきますよ。」


 リリアンは、急ぎ足でギルマス室を出て行った。

 しばらくしてから二人分の紅茶のセットを持ってリリアンが入ってきた。


「フェル様! 一緒にティータイムしましょうよ。」

「ありがとう……って、さてはリリアン、サボるつもりだな?」


 リリアンは小さく舌を出して笑う。

 小狡いが可愛いので許してしまうのは、男の性というものだろうか。


「まぁまぁ。」


 背中を押されて、テーブルに座らされてしまう。

 あれよこれよのうちにすっかりリリアンのベースだ。


「仕方ないな。いいぞ、俺の話相手になってくれ。」


 受付をやっているだけあってリリアンは話か上手だ。

 その微笑みが俺を癒してくれる。


 あっ、惚れそう……


 ……二度ある事は三度ある。

 なら、ショックを受ける前に聞いとこうか。

 今日の晩ご飯の話をぶった斬り、リリアンに聞く。


「リリアン、お前、彼氏とかいるのか?」


 リリアンは口に含んでいた紅茶を俺の顔に吹き出す。


「なっ、なっ、なっ、フェル様、それはセクハラですよ!! セクハラ!! 乙女にその質問は一大事ですよ!!」


 顔を赤くしてリリアンは大きく騒ぎ立てる。


 可愛い……


「で、どうなんだ? いるのか、いないのか?」

「うぅ……」

「フェル様はどうなんですか? 一緒になら答えてあげても良いですよ。」


 ほほぅ、一緒にと。

 そうきたか。

 これはあれだろ!


 「彼氏いません!」からの「なら、付き合いませんか?」ってやつ。

 うん。俺はこういうの詳しいんだ。


「わかった。いいぜ。一緒に言おうじゃないか!」


 ぱぁっとリリアンの顔が明るくなる。

 俺はニヤつきながら、声に力を入れる。


「それじゃ。せーのーー」


「彼女いません!」

「彼氏います!」


 !?

 俺たちは顔を見合わせる。

 数分という短い時間だったが互いに顔を見合わせながら、時が凍ってしまったようだ。


「えっ、えっ、えっ!」

「あわわっ」


 動き出した時は、俺たちに奇怪な行動をさせる。

 おたおたと踊る俺に戸惑うリリアンがおずおずと聞いてきた。


「フェル様……彼女、いないんですか?」


 ピタッと俺の動きは止まる。

 顔だけゆっくりと動かして、恐る恐るリリアンを見なおすと……


 目、怖っ!?

 こんな明るい子まで、こう言う目をするのか……


 そう、童貞男を見下す時にする女特有の目。

 見下してることを隠そうともしない、残忍な目だ。

 よくマーガレットにされてたからわかる。

 こいつ、完全に見下してやがる……


「ウ ソ ダ ヨ ー」


 思わず目を晒して、歯切れの悪い言葉で返事をしてしまう。


「ですよねー。なんだ〜びっくりしちゃっいましたよ。フェル様は大英雄なんですから。もう悪い冗談ですよ。」

「俺はモテるからな。彼女が居ないなんてそんな事あるわけないだろ。……俺のことよりも、リリアン、お前の彼氏ってのはどんな奴だ?」

「えっー、それ聞いちゃいます。どうしよっかなぁ。」


 いや、その反応は聞いて欲しくてたまらない奴だろ。


「俺の前で彼氏の話はできんかな? まぁ、俺と比較されるのは男として溜まったもんじゃないだろうしな。あーっはっはっはっ」

「そんな事ないよ! フェル様だって絶対、知ってる人だよ! 大魔道士のギランド様!」


 ギランド!?

 この場でそいつの名前が出てくるとは思わなかった。


 あぁ、勘のいい奴は気付いているだろう。

 こいつは魔王討伐パーティの一人。獄炎ごくえんのギランド。


 大層な名前だろう?

 まぁ。自分で考えて自称してるだけだがな!


 こいつは一言でいえば大言壮語の最強の囮。

 痛み?とか闇?がステータスだと思ってる永遠に治らない病(厨二病)を発症してるやべー奴。

 言葉は派手なだけで、魔力もなけりゃ、魔術も使えない。

 戦闘じゃお荷物も良いところなのだが――


 こいつは、なぜか運のステータスだけは異様に高いのとヘイトを集めるプロだ。

 魔王が死ぬ間際にやけくそで放ってきた最後の一撃。

 99%の確率で世界を両断する魔神剣まじんけん最終Σファイナルゼータとか言う技がまともに機能しなかったのは、ギランドのおかげだったんじゃないかと俺は思っている。


「で、あいつの何処が良いんだ?」

「えへへ。知らないんですかー!? ギランド様は、魔王討伐パーティで活躍した最強の魔術師なんですよー。言動もカッコいいし。でも優しいし。できる男って感じ!」


 カッコいい……?

 今の女の子は感性ぶっ壊れてるのだろうか?


「いや、それ言うなら、俺だって!」

「フェル様が?」

「魔王討伐パーティの――」


 ガチャ!


「ギルドマスター! お取り込み中、失礼します!」

「ん? どうした?」


 ギルド員の一人が、大慌てで部屋に入ってきて、報告をする。


「大変です!!!! ザンザンタ海溝に水竜の目撃証言がありました! 国の騎士団はほぼ全壊との事です。」

「なにぃ!? 水竜だと!? 災害級の魔物じゃないか! それは、大物すぎるだろ!」

「ですので、国の大臣殿が来訪しています! 大臣殿お入りください!」


 ギルメンの言葉を聞いて、高価な服を着た一人の男がずけずけと部屋に入ってきた。

 この国の大臣だ。

 俺もこの立場になってから何度か見たことがある。

 大臣が大きく先払いして、勝手に話始める。


「国としてハンターギルドの協力を受けたいと考えて私自らここに依頼しにしました。国の一大事に御助力お願いしたいです。現在、水竜とまともに戦えるハンターがいますか?」


 正直、俺は国の任務などやる気はない。

 魔王討伐の件と言い、舐めた態度を取り続けている。

 一回、お灸を据える意味でも、きつく言っておくか。


「おうおう。役人さんよぅ。チョイっとハンターギルドを舐めていネェかなぁ? 凄腕ハンター達は仕事もなくて、どんどん引退してまってる。今時、ハンターなんて仕事もなくて儲からねぇみたいな噂も絶えないしな。これから新しくなろうって奴ぁ、もう、ほとんど居ねぇんだよ。なぁ? これはぁ、誰のせいだと思ってんだぁ?」


 えっ、何、この喋り方!?

 やだ……自分でもびっくりするくらいダサい……

 役人を連れてきたギルメンとリリアンの視線が痛い……っ!

 やめてみないで……

 三分前ーーいや、今日一日の始まりに、時を戻して……


 下を向ていた大臣が口を開く。


「……たしかに経済発展のために、ハンター様を軽視する政策を出した事は事実です。そして、魔王がいなくなった事でハンターという職業を蔑ろにしていた事は認めます……大変、申し訳ございませんでした……殿下に代わり、私から深く謝罪申し上げます。」


 そういうと大臣は床に手をつけて額を床に擦り付ける。


 土下座!!


 ここまで綺麗な土下座で謝られてはぐうの音も出ない。

 そもそも、この大臣のせいではないのだ。

 俺も大人だ。

 流石にこれ以上の叱責は子供の嫌がらせになってしまうだろう。

 なら――


 俺が口を開く前に、リリアンがニヤニヤしながら、大臣に告げる。

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