第2話 フェルナンドはスローライフを満喫する?
ジェットと飲んだ後、俺はどうやってハンターギルドに帰ってきた?
……全く分からん。
ただ家に帰って寝落ちしていまっていたらしい。
窓から差し込む朝日によって、自分がベッドの上で横になっていた事で気がついた。
昨日のショックがデカすぎて、ベッドの上に大量の水溜りが出来てたぜ……
朝っぱらからビショビショで最悪だ。
目元の腫れてるような気がする。
頬を叩いて気を取り直す。
俺は、さっと着替えてギルドマスター室に向かった。そこは俺の執務室。寝室の隣。職場と家が同じ場所なのはこういう時に便利だ。
俺はハンターギルドのギルドマスターでゆったりスローライフ満喫中なのだ。
おっと、ハンターギルドがどれだけ凄いのかわからないって?
魔物がいる世界じゃ、ハンターは重要な仕事だ。
魔物討伐、要人警護、素材採集、ダンジョン攻略。
自分の好きを極めるもよし、金のために命を張るのもよし。なんでもござれのイカした集団。それがハンターって奴だ。
ハンターギルドのギルドマスターといえばそういう荒くれ達のボス。当然偉い。
最強で完璧超人な俺はこの歳でギルドマスターになっているのだ。これは歴代のギルマスを見ても最年少。
ギルマスが動く事は、国を動かすこと同じ事だとまで言われていたくらい。誰もが一目置く存在だったのだ。
……そう、過去形だ。
魔物の王、魔王って奴を倒してからというもの、魔物は激減。ハンターのメインの魔物討伐の仕事は、一週間に一件有れば良い方だ。しかも、それも危険度の低いゴブリンやスライムの雑魚ばかり。
それを示すかのように、ギルドマスターの部屋はボロボロだ。俺がギルドマスターになってから、この部屋は一度も改修されてない。そんな余裕は無いからだ。
だが、今はそんなことよりーー
ギルマス室にあるやっすい椅子に腰掛けて、昨日のことを思い出していた。
あの臆病者のチビすけジェットが妻帯者か。
なんだかなぁ。
俺は未だに彼女すら出来た事ないのに。
はぁ……
クソでかい溜息がでてしまう。
可愛い子だったなぁ……
ジェットには相応しくないだろうに。
「――スター! ギルドマスター!! 聞いてるんですか!?」
「おわっ」
急に大声で呼ばれた。
声のする方に椅子を傾けて来訪者を見やる。
そこにいたのは秘書をやってくれているマーガレットだ。
髪をショートカットにして、ぴったりとしたスーツを着ている。
釣り目を更に鋭くさせて俺を睨みつけている。ぼーとしていたことを責めているような目だ。正直、怖いくらいだ。
王の政策が変わってからプライベートよりも仕事を優先する女、所謂バリキャリって奴が増えた。こいつもそのカテゴリーに入れることができるだろう。
ただ、正直、気配りが細かくて、下手な男よりも仕事はできる。
ただ、つり目気味の目で睨まれると正直きついが……
なんでもできるパーフェクトな俺と一緒に仕事をしていても、マーガレットは一切靡かない。
寧ろ俺の事を仕事のできない奴と見下してる感じすらする。
「あぁ、すまんすまん。で、用件はなんだ?」
「サバタさんがハンターを辞めるって聞かないんですよ!」
「話が見えないんだけど……サバタがどうしたって?」
「昨日、サバタさんが来ますよ。ってお伝えしましたよね? 私の話を聞いていなかったんですか?」
更に睨み付けるような視線。
話しを聞いていた時は上の空だった。ジェットをナンパに誘う作戦を練る事に集中したいから仕方ない。
とは当然言えず、適当に笑ってごまかす。
マーガレットに「はぁ……」と小さいため息を吐かれるが、それ以上は怒られることはなく、マーガレットは続ける。
「サバタさんは飲食店を始めるらしいです。」
この話に出ているサバタって奴は大食感のデ……いや、人よりも体積が3倍くらいあるやつだ。
こいつも魔王討伐メンバーの一人で、職業はガーディアン。
パーティの肉壁……防御の要となって活躍してくれた。
確かにサバタの耐久力がなけりゃ、俺の渾身の一撃は魔王に放てず、消耗戦となった結果、全滅していただろう。
そんな事を思い出しつつ、マーガレットの意見に答える。
「別にいいんじゃねーか? 魔物も少なくなって、ハンターの仕事も無くなってるしな。」
「ハンターギルドのトップの貴方が、それ言っちゃいますか? それにかつてのお仲間でしょうに?」
「しゃーないって。今の状況を鑑みるに新しいことに挑戦してた方が良いと俺は思うぜ。このボロボロのハンターギルドがまさに過去の栄光ってやつさ。」
「そうですか? でもサバタさんは重要なハンターなので、しっかり引き留めするべきじゃないですかね?」
「まぁ、マーガレットがそこまで言うなら、あいつに会って真意を聞いてみるよ。で、いつ頃来るんだ?」
「もう来てますよ? 今は、食堂でご飯食べてます。」
「まじか。わざわざ、伝えてくれてありがとうな。会いに行ってみるよ。」
とびっきりの笑顔で感謝を告げる。
ニコポ。
イケメンのみに許された技。
しかし、マーガレットは華麗にスルーをする。
「いえ。お願いしますね。それでは私はこれで。」
ペコリと一礼するとそのままギルドマスター室から出て行ってしまう。
まぁ、ああいうタイプほど、デレると可愛いんだよ。
サバタか……
しかたねぇ。会いに行ってやるか。あのデブをギルマス室に入れたら床が壊れるかもしれないしな。
そういば、あいつは魔王討伐報酬も受け取らずに、ずっと修行の為にどっか行ってたと思ったら、飲食店を開くねぇ。
たしかに、あいつの作る飯は美味かったな。
俺はギルドマスター室を出て食堂に向かった。
ーーー
ーー
ー
☆ハンターギルド内の食堂。
この店は今や閑古鳥が鳴いている。
「安い、まずい、提供時間1秒。」のキャッチコピーでやってる食堂だ。
俺も最近はここにこない。
だって、飯が不味いんだもの。
物資も少なく、いつも魔王に怯えた生活をしていた時には結構賑わっていたが、魔王討伐後は物資や精神に余裕が生まれた結果、人は滅多に来なくなっていた。
そんな食堂の中に大きな人影。
遠目からでも目立つでかい図体をしているサバタだ。
俺は遠くから声をかける。
「よー、サバター!」
「あっ、遅いよぅ。フェルくん。随分、待ったよぅ。」
のっそりとした喋りでサバタが答える。
それにしても、こいつも前より太くなってないか?
横幅が俺の三人分くらいありやがる。
体型の事も気になったが、まずは本題だ。
俺は目の前の席に座りサバタに質問をする。
「お前、ハンター辞めるのか?」
「うん。モグ。ずっと、モグ悩んでたんだよぉ〜。モグ」
話すなら食い物から手を離せ。
そう突っ込みたくなるほど、大量の飯をサバタは頻繁に口に運ぶ。
「でねぇ〜。モグ。飲食店を開こうと思ってるんだ〜。モグ」
「なんで、俺んところに報告に来てくれたんだよ?」
「そりゃ〜ね〜。モグ。僕の尊敬するリーダーだもん〜」
「ならよ。悩んでる時に相談してくれりゃいいのに。」
「だよねぇ〜。モグ」
それにしてもこいつ、ずっと食ってんな……
そうだ!
びっくりするニュースを伝えてやろう。
「サバタ、お前にびっくりニュースを教えてやるよ。」
「なに、なに〜?」
「なんとな――」
もったぶるように溜めに溜めて、俺はゆっくりと口を開く。
「ジェットのやつが結婚してたんだよ!」
「えー!」
サバタはゴクンッと大きく音を鳴らして買い物を飲み込んだ。
「どうだ? びっくりしたろ?」
「うん。びっくりだよ〜。あのジェットくんがねぇ。」
「だろ!」
驚いた表情をする。
あはは。やっぱからかいがいがあるぜ。
俺が笑っているとサバタが付けくわえる。
「でも、奇遇だなぁ」
「奇遇? 何が?」
俺は怪訝な目でサバタを見る。
「僕も結婚したんだよ〜。飲食店は妻と一緒にやっていく予定なんだ〜。」
「そっか、二人三脚で頑張れよな。 ……ん?」
ちょっとまて!
……はぁ?
このデブ、今なんて言った?
やばいやばい。
驚きすぎて、汚い言葉が出てしまいそうになった……
言葉遣いに気を遣いつつ恐る恐る俺は聞く。
「ちょっと待って。お前、結婚したの?」
「うん? そだよ?」
いやいや、わりかし飲食店は開くよりもそっちの方が大事なニュースなんだが?
何惚けてんだ?
「俺、それ、聞いてない。」
「えっ? フェル君、知らなかったの? てっきり知ってると思ってたよ〜。」
なんで、俺がお前のことを知ってるんじゃい!
魔王討伐後は仕事でしか会ってねーのに!
「あぁ、初耳だよ。」
投げやりに応える。
「ギルドマスター! サバタさんに会ってくれたんですね!」
俺がふてくされていると、後ろから凛とした声が聴こえる。
「マーガレットか。」
「サバタさんにハンターを続けた方が良いって助言してあげて下さい。」
それどころではないのだ。
少し大きなため息をついて、
「マーガレット。さっきも言ったけど、やりたいなら止めるなんて俺にはできねーよ。こいつの飯は旨いしな。ハンターよりも有意義かもしれないだろう?」
「でも……」
なぜか、少しだけ躊躇いがちにおずおずとしている。
こいつ、今日はずいぶんらしくないな……
「マーちゃん! 僕なら大丈夫だよ〜。」
マーちゃん?
「でも……飲食店の経営は難しいのよ。今は美味しい料理を作れる人も増えてるんだから……サバタさんが大丈夫って言っても……」
二人の会話の話が見えない。
だから、二人の会話に割り込む。
「あー、ちょっと待て。ちょっと待て。話が見えないぞ?」
二人は俺を見て顔を見合わせる。
「あっ、そういえばマーちゃん。フェル君に言ってなかったんだ〜。」
「何をですか?」
「ほら、僕らが結婚した事だよ〜」
サバタの言葉で俺は魔王の次元破壊砲を食らったときよりでかいダメージを受けてしまう。
「えっ、サバタさんから伝えてるんじゃ? だって魔王討伐のお仲間なんですよね?」
「魔王討伐の仲間って言っても実質、フェル君一人みたいな感じだったんだよね〜。僕のプライベートを話すためにフェル君の時間を貰うなんて、恐れ多いよ〜。」
「そんなものなんですか?」
「まぁまぁ。フェル君も飲食店に挑戦してみたらってアドバイスくれたんだから、これはやらないとダメだ〜。大丈夫。マーちゃんは絶対に幸せにするから!」
「サバタさんがそこまで言うなら……」
意を結果出したようにマーガレットが俺を見る。
そして、深々と俺にペコリと頭を下げた。
「ギルドマスター。私はこれから、サバタさんのお店を手伝います。今までお世話になりました。明日、正式に辞表を持ってきます。」
「実はね。もう店の場所決めてるんだ〜。一緒に行こう?」
「えっ、おっ、…!?」
そう言って二人は出て行った。
あれ? おかしぞ。視界がぼやける。
コトッ……
食堂の裏から店主が出てくると俺の背中を軽く叩き、まずそうなチャーハンを俺に差し出しきた。
迷うことなく口に運ぶ。
「不味い……」
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