春の夜

雨世界

1 夜の夢。あなたの夢。

 春の夜


 プロローグ


 もう、春だね。


 とっても長い時間の夜だね。


 本編


 夜の夢。あなたの夢。


 春の夜。

 夜空に流星が流れる。


 そんなとても美しい光景を見ながら、私はこの場所にいないあなたのことを考える。

 それは、とても辛い時間だった。

 それは、本当に幸せな時間だった。(まるで本当の奇跡のようだと思った)


 今、山南伊吹は春の夜の中にいる。


 暖かで、気持ちのいい優しい風の吹く、長い時間の夜の中にいる。


 夜の中には、一羽の蝶が飛んでいた。


 きらきらと光り輝く、とても不思議な蝶だった。


 伊吹はそんな蝶の飛んでいる風景を見ながら、にっこりと少しだけ笑って笑顔になった。


 ……いつまでも、泣いてばかりいてはいけない。


 なんだかそんなことを笑いながら思った。


 春の夜に流れる流星は、本当に美しかった。


 あの星の光に導かれるようにして、あなたはこの私の住んでいる世界から、旅立っていくのだと思った。


 あなたと同じ経験をして、今、同じ境遇にいる、とてもたくさんの人たちと一緒に、この星から旅立っていくのだと思った。


 夜の中で。


 ……明るい太陽が、世界に昇る前の時間に。


 夜が明ける前に。


 静かにこの世界からいなくなってしまうのだと思った。


「ばいばい」と春の夜に流れる流星に手を振りながら、伊吹は言った。


 きらきらと輝く蝶が、ゆっくりと動く伊吹の指の先にとまった。


 その瞬間、夜が弾けて、伊吹のいる世界は変わった。


 目をさますと、そこはもう春の夜の中ではなかった。


 伊吹はいつもの日常の中にいて、そこにはいつもの朝があって、いつもの自分の部屋とベットがあって、伊吹はその自分の真っ白なベットの中で眠りについていた。


 ……長い春の夜がようやく終わったのだ。


「……ただいま」

 と、ベットの中で伊吹は言った。


 伊吹はもう、泣いていなかった。


 もしかしたら、涙が枯れてしまっただけなのかもしれないけれど、とにかく伊吹は泣いていなかった。


 ベットから起きると、伊吹は外出する準備を始めた。


「行ってきます」と挨拶をして、伊吹は家の外に出た。


 時刻は早朝の時間。

 

 そこには澄んだ空気と、春の青色の透明な空があった。


 その青色の空の中に、白い小さな流星が流れていた。


 まるで、伊吹を祝福するように。


 伊吹には、その白い小さな流星をもう見ることできない。


 見る必要がないからだ。


 伊吹が笑顔で近所の公園を散歩している途中で白い小さな流星は、春の青色の空の中から消えた。

 

 その瞬間、伊吹は青色の空を見上げたが、そこにはやっぱり、涙のような色をした春の青色の空があるだけだった。


 白い小さな流星の消えた空には、ただ青色だけが残っていた。


(青色は伊吹の一番大好きな色だった)


 その青色の空を見て、山南伊吹はにっこりと笑った。


 春の夜 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春の夜 雨世界 @amesekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ