第72話 ニヴルへの脅威


「何かコソコソとやっているようだね」

「……」



 エダークスが勘繰るような目でこちらを見ている。



 俺の放った糸が全て、掻き消されてしまった。

 しかし、彼は糸が見えている訳ではなく、気配を察知して対応しているようにも見える。



「触れてみて確信したよ。やはり、この感覚、アイツの力と同じだ」



 エダークスは目を細めた。



 ――アイツの力?

 もしや、この能力の正体を知っているというのか?



 もしそうなら、魔導人形グリモワドールについても何か情報を持っている可能性が高い。



 それを聞き出せればと思うが、現実はそう容易くはなさそうだ。



「今はまだ取るに足らない力。でも、このまま放って置けば、いずれ我々ニヴルの脅威になる。やはり今の内に殺しておくべきか」



 エダークスは独り言のように呟くと――、

 次の瞬間、その姿が消え失せた。



「!?」



 ――どこだ!?



 咄嗟に身構えた直後、眼前に奴の姿が残像のようになって現れる。



「……っ!」



 エダークスは余裕の笑みを見せつけると、刃物のように伸びた五本の爪を俺の喉元目掛けて突き刺す。



 回避が間に合わない……!



 そう思った直後、弾けるような金属の音が耳元で響いた。



「ルーク様! 今のうちに!」



 それはアリシアだった。

 彼女は一瞬の間に俺達の間に分け入り、奴の爪を剣で受け止めていたのだ。



「ふっ、出来損ないの翼人か」



 攻撃を受け止められたにも拘わらず、エダークスは不適な笑みを浮かべる。



「その翼で私に太刀打ち出来ると思ったのか?」

「くっ……!?」



 彼が言った直後、アリシアの右翼が痙攣する。

 まるで見えない力で押さえ込まれているようにも見える。



 彼女の右翼は黒鱗の翼竜ワイバーンのものだ。

 元を正せば彼らニヴルの力。



 そのせいなのか、エダークスの見えない力によって彼女の翼は言うことを聞かないようだ。



「失せろ」

「きゃっ!!」



 エダークスが剣を受け止めていた手に力を込めると、彼女の体が後方へと吹き飛ばされる。


「アリシア!」

「他人の心配をしている暇があるのか?」

「っ!」



 すぐさま追撃を加えてくるエダークスに対して、俺は大きく後方へと飛び退いた。

 その様子を奴は楽しそうに窺っている。



 まるで、いつでも殺せるといった態度だ。



 ――くそ……どうする?



 俺に使えるのは裁縫スキルだけだ。

 それが無力化されてしまうのでは戦いようがない。



 裁縫スキルだけ――。



 そうか、裁縫スキルしか使えないのだから、とことん裁縫スキルに頼るしか俺には無いのだ。

 だったら……。



 俺は腰にある革ポーチに意識を向けた。

 そこには魔導人形グリモワドールが収まっている。



 ここは影縫いスキルのレベルを消費して、新たな力に賭けるしかない。



 ただ、魔導書を読み込む間、エダークスに悟られないようにしなくては……。

 その為には少しばかり時間稼ぎが必要だが……。



 後方でアリシアが起き上がるのを気配で感じた。



 だが彼女は奴の前では黒翼を支配され、行動の自由を奪われる。

 よって、戦闘に参加出来ない。



 エリスは変わり果てた両親を前にして精神的なダメージが大きく、動けなくなっている。



 二人共、戦力として考えられない今、頼れるのは彼女達しかいない。



 俺は近くにいたエルヴィとお付きの騎士達に視線をやった。

 それだけで彼女達は俺の意志を汲み取ってくれたようだった。



 ――頼む、ほんの僅かな時間だけ……。



 エルヴィは目で合図をくれると、剣を構えた。

 それに対しエダークスは、全く興味が無いといった態度を示す。

 そして、



「私は下僕に餌を分けてやる優しい性格なのでね」



 彼が顎で指図すると、エリスの両親とリィーンの三人がエルヴィ達に襲いかかった。



 まるで飢えた狼のように騎士達に飛び掛かる。

 その速さと、力は普通のエルフのものではなかった。



「っ!?」



 彼らは剣を振りかざす暇も無く、首元を食い千切られる。



「っ!? っあああぁ!」

「ひっ……うぁぁぁぁっ!」



 エリスの両親は騎士二人の死体を貪り続ける。

 残ったリィーンはエルヴィに狙いを定めて近付いてくる。



 一刻の猶予も無いと悟った俺は、すぐさま魔導人形グリモワドールに糸を伸ばした。


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