第73話 反撃の刃


 俺はポーチの中にある魔導人形グリモワドールに向かって糸を伸ばした。

 すると、頭の中に文字が浮かび上がる。




[ポイントを消費して魔導書を閲覧しますか?]




 答えは決まっている。

 勿論、イエスだ。



 意志を伝えると、




[ポイントを消費しました。適切な魔導書を開示します]




 すぐさま脳内に大量の情報が流入してくる。



「うっ……」



 読み込んだ直後に頭に大きな負荷がかかるのが分かる。

 頭蓋骨を内側から押し広げられるような感覚だ。



 何度やっても慣れないな……これは……。



 しかし、これで新たな力を得られたはず。

 手早くステータスを確認する。




〈ステータス〉

[名前]ルーク・ハインダー

[冒険者ランク]F

[アクティブスキル]

 裁縫 Lv.10(強度+3 長さ+2)

 構造解析糸 Lv.4

 構造改変糸 Lv.4

 無体物縫製 LV.2

 構造構築糸 LV.2

 補助付与糸 Lv.1 NEW!

[パッシブスキル]

 影縫い Lv.3




 よし、ちゃんと増えている。

 内容は……補助付与糸?



 名称からすると、助力するような力か?

 正確な所は分からないが、使うのに必要な知識は既に頭の中に入っているはず。

 あとは実際に……。



 そう思った矢先、苦戦しているエルヴィの姿が視界に入ってくる。



「くっ……こいつ! なんて硬いんだ!」



 向かってくるリィーンに対して剣を振り下ろすが、その肌は鋼鉄のように硬く、傷付けることすら出来ないようだ。

 それに加え、二人の騎士達をペロリと平らげたをエリスの両親もそこへ参戦してくる。



 さすがに三対一ではエルヴィも持たない。

 俺は彼女に助力すべく、糸を伸ばそうとしたその刹那だった。



 一本の矢が空気を切り裂いた。



 それはエルヴィに襲いかかろうとしていたエリスの父の背中に当たる。

 硬い肌の前に矢は敢えなく弾かれたが、意識を逸らすことは出来ていた。



 誰がその矢を……と考えるまでもない。

 この場で弓を扱う者は彼女しかいない。

 エリスだ。



 振り返ると彼女はしっかりと矢を構え、揺るぎない眼差しを目標に向けていた。

 それは両親を両親と思わず、敵と判断した者の目だ。



 これに対しエリス父は肩を竦めてみせる。



「痛いじゃないか、エリス。父さんに対してなんてことをするんだい」

「うるさいっ!」



 エリスはその幼顔から想像出来ない強さで怒号を飛ばした。



「つごう良く、パパの顔をするなっ!」

「何を言ってるんだい? パパはパパだろ?」

「だまれっ!」

「……」



 僅かな沈黙が過ると、エリス父は不気味な笑みを浮かべる。



「やはり、クズはクズのままか。なあ母さん」

「ええ、あんな子をこの身に一時でも宿していたなんて思うと反吐が出るわ」



 エリス母は同意するように父の横に並び立った。



 これに対し、エリスは歯を食いしばる。



「あんた達はもう死んでるんだ! おとなしく消えてなくなれっ!」



 彼女は矢を番えると、力強く引き絞った。

 すると、エリス父は嘲笑を浮かべる。



「そんなものが我々に利くとでも思っているのか? つくづく馬鹿な子だ」

「ええ、ほんとに」



 そこでエリス父はエダークスのように鋭い爪を生やす。



「こんなことなら、もっと早くに殺しておくべきだったな」



 そう呟いた直後、彼の姿が消えた。

 いや、目に捉えられないほどの速さで間合いを詰めのだ。



 一瞬にして、エリスの目の前に現れる。



「死ねっ!」

「っ!?」



 彼女の頭に狙いを定めた刃物のような爪。

 エリスは突然のことに驚きながらも矢先を相手に向ける。



 だが、このままでは……!



 俺は咄嗟に糸を伸ばしていた。

 糸は高速で宙を駆け、エリスの持っている弓矢に絡み付く。



 そのまま知識と感覚に従い、補助付与糸の力を開放する。

 そして――今、出来得る限りの力を施す。




[硬度強化+++++++++++++]




 鏃が恐ろしく強化されて行くのが分かる。



「うっ!」



 エリスは襲いかかる父に向かって迷わず矢を放った。



「ぐがぁっ!?」



 次の瞬間、彼女の弓矢がエリス父の額を貫いていた。



「な……ば、ばかな……」



 彼は信じられないといった顔を見せる。

 放った側のエリスもその威力に驚いていた。



 エリス父は意識を失って地面に倒れると、その体が黒い灰になって消えて行く。



「なんてこと……恐ろしい子!」



 エリス父の身に起こった結末にエリス母はおののいていた。

 そんな彼女に向かってエリスは矢を構える。



「ひっ!? あなた、自分が何をやっているのか分かっているの!? 実の母親に刃を向けているのよ!」

「……」



 彼女が何を言ってもエリスは冷静な様子で狙いを定めている。



「待って! 私が悪かったわ! あなたのことをもう悪く言ったりしないから! だから……」



 次の言葉を言いかけた直後だった。

 エリスの手から矢が離れた。



「っあぁ……ぐ!?」



 鋭い刃は一瞬にして母の胸を貫いていた。



「そ、そんな……」



 エリス母はその場で頽れ、灰になって行く。



 その光景をエリスは冷めた目で見つめていた。


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