第70話 本心
「その顔は、説明しなくても大体の事は分かっているようだね」
エダークスは櫓の上から俺に向かってほくそ笑むと、隣にいるエルヴィを一瞥する。
「差し詰め、そこの女が事情を知っている……といった所か?」
彼はそう言うと、櫓の上から飛び降りた。
そのまま俺達の前まで歩いてくる。
「まるで、どうやってここまで来た? とでも言いたげな目だね」
奴の言う通り、移動が早過ぎる。
王都リターナを出て数日は経っているが、俺の方が先にゼーガスに向かったはずだ。
なのにもかかわらず、奴はこの地に来て既に砦を落としていた。
エルフの里から帰った時もそうだ。
奴の方が先に王都に着いていた。
里を出たのは、ほぼ同時だというのにだ。
羽でも生えていなければ説明がつかない。
「大事なことを忘れていやしないかい?」
エダークスは俺の反応を楽しむような目付きでそう尋ねてきた。
エダークス……ニヴルヘイムの住人……ニヴルゲイト……。
「……! まさか……」
「ふふっ」
俺が答えに辿り着いたの見計らって笑った。
「そうさ、我々はニヴルゲイトを思った場所に自由に開くことが出来る。なら、どこにでもすぐに移動できるのは当然だろ?」
「……」
「それにしても、こんなに早く炙り出されるとは思ってもみなかったよ。一応、種を撒いておいた意味はあったのかな?」
「種だと?」
「町の様子はどうだった?」
エダークスは冷笑を浮かべると、突如、肌の色が白くなり始める。
瞬く間にその姿はカイエンのそれに戻っていた。
その容貌で俺はすぐに思い当たった。
「偽りの噂を流したのはお前か!」
「正解。この近隣であればゼーガスに逃げ込むのは必然のようなものだったしね。それにしても人間の恐怖を煽るのは容易い。皇都から順繰りに触れて回ればあっと言う間に広がるのだからね」
「……」
舐めたことをしてくれる……。
「お前の目的は何だ?」
「目的? 今更、それを聞くのかい? 前にも言ったと思うのだけれど」
彼は面倒臭そうに言う。
「我々は食事を楽しんでいる。ただそれだけの事。お前達が旨いものに舌鼓を打つのと同じだ」
「……」
やはり本当に、ニヴルゲイトから出てくる者は皆、人間を捕食する為に……という訳か。
「ただ、お前の持っている力……それだけは後々、面倒なことになりかねない。もう少し泳がせておいてもいいと思っていたけど、これも良い機会だ。この辺でやってしまおうかね?」
カイエンの姿のまま、蛇のような目付きで俺のことを見る。
何をしてくるか分からない。
俺は咄嗟に身構えた。
アリシアとエリス、そしてエルヴィも同様に。
目の前で楽しそうにしているカイエンを見ていると、エルフの里で彼に初めて出会った時のことを思い出す。
「あの時から、俺達を騙していたのか?」
「あの時? ああ、エルフの里のことか。確かに、あの時には既にカイエンは死んでいて、その骸に私が入り込んでいた訳だが、姿が偽りであってもあの言葉はカイエンの本心で間違い無い」
「なんだと……」
「死体であれど、彼の記憶はこの体に残っている。その言葉をそのまま私が紡いだだけだ」
ということは、エルフの族長の息子であるカイエンが、エリスに向けた拒絶の感情は偽りではなかったということになる。
「あまり信じていないようだね。なら、これを見たらどうだい?」
彼が指を鳴らすと、彼の背後の空間に一筋の空間の歪みが発生する。
それはすぐに口を開き、小さめのニヴルゲイトになった。
「……!」
その中から現れたのは黒い肌と紅い目を持ったエルフの男だった。
初めてみる姿であるのに、どこか見覚えがあるような気がする。
「む……」
そうだ、思い出した。
雰囲気が変わって分からなかったが、よく見れば、彼はエルフの里でカイエンの傍にいたリィーンというエルフだ。
このニヴルに冒された姿からすると彼も……。
「カイエン様、お呼びでしょうか?」
リィーンは生前と変わらぬ口調で言うが、目は虚ろで、どこか自分の意志が抜けているようにも見える。
「こんなふうに死して尚、生前の記憶は残っているのだよ」
こんなのは、ただの木偶人形だ。
魂の抜け殻を操っているに過ぎない。
エルフの里を襲ったオークや、森にいたゴブリンもこれと同じことが施されていたのだろう。
「おや? あまり感動しないようだね。じゃあ、別の者を呼んでみようか」
カイエンからエダークスの姿に戻った彼は、不服そうに言った。
そして、ニヴルゲイトから新たな者を呼び寄せる。
「さあ、出ておいで」
それは、またもやエルフだった。
しかし、今度は男女二人。
黒い肌と紅い目、銀色の髪という容貌はニヴルのそれだ。
彼らもまたリィーンと同じように抜け殻のような目付きをしていた。
「面白そうだから、わざわざ食わずにとって置いたんだ。まさかここで役に立つとは思ってもみなかったよ」
エダークスはそう言うが、彼らは俺にとってはニヴルに冒されていること以外、普通のエルフにしか見えない。
何の意味があるのだろうか?
そう思った矢先だった。
「パパっ!? ママっ!!」
俺の傍にいたエリスが、虚空を見つめるエルフ達に向かってそう叫んでいた。
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