第69話 砦


 思い掛けず、ゼーガスの第二皇女、エルヴィーラに出会った俺達は、彼女の勧めで近くの砦に移動することになった。



 隣国の王都が沈んだ今、遅かれ速かれゼーガスにもその魔の手が伸びてくる可能性が高い。

 そこで俺達に手を貸して欲しいというのだ。



 ゼーガスには俺達の誤った噂が流れているが、さすがに皇女が傍にいれば危害を受けることもないだろう。

 この国で自由に動き回る為の手段としては悪くない。



 そこでその依頼を呑んだのだった。



 エルヴィーラが用意してくれた馬に跨がり、国境近くの砦を目指す。

 その最中、騎乗で彼女と話す機会があった。



「姫様は何故に騎士を?」

「一国の姫にしては悍馬が過ぎると?」

「いや……そういう訳では……」



 彼女は笑う。



「城の中で大人しく見ているだけ――という事が出来ない性分でな。自国の事はすぐに自分の手でなんとかしたいと思ってしまうのだ。落ち着きが無いと言えばそれまでだが」

「いや、民にとっては良いことだと思う」



「そう言ってもらえるのはありがたい。と、そういえば姫様というのは堅苦しい。良ければエルヴィと呼んでくれ」

「……」



 皇族の風格はあるが、話し易い。

 だが、さすがに一国の姫を軽々しくそう呼ぶのには少々の抵抗があった。



 しかし、そうまで言われて、わざわざ避けるのも不自然だ。

 その呼び方もいずれ慣れると考えよう。



「そろそろ砦が見えてくる時分だが……」



 エルヴィが前方に目を向ける。

 すると、アリシアと二人乗りで馬に乗っていたエリスが逸早く声を上げた。



「なんか、煙が上がってるよ?」

「煙……だと?」



 言われたエルヴィは目を凝らす。

 直後、彼女の表情が緊張に包まれた。



「……!」



 確かに薄らとだが何かが空に立ち上っているように見える。



 射撃が得意なエリスは、とても目が利く。

 俺達では微かにしか見えないものでも、彼女にはハッキリと見えているのだろう。



 エルヴィは、すぐさま手綱を振った。

 馬が嘶く。



「私は先に行く!」



 彼女の馬が全速で走り始めた。

 二人の護衛もそれに続く。



「俺達も行くぞ!」

「はい!」

「うん!」



 彼女達の後に俺達も続いた。



 しばらく馬を走らせると前方に砦が見えてくる。



 石壁で囲われた頑丈そうな砦だが、そこかしこから火の手が上がっている。

 その原因は黒鱗の翼竜ワイバーンが吹く、ファイアブレスだった。



翼竜ワイバーンだと!? ここにも現れたのか!」



 焼け出され、食い殺された兵士達の無残な残骸が地面に散らばっている。

 この様子ではもう全滅だろう。



「なんてことだ……」



 先に到着していたエルヴィが、燃え盛る砦を見つめながら悔しそうに拳を握る。

 そして剣を抜き、翼竜ワイバーンに立ち向かう気だ。



「待て!」



 俺はすぐに止めた。

 それは彼女の身を案じたからだが、理由はそれだけじゃなかった。



 俺は石壁の上に突き出た物見櫓を見上げる。

 するとエルヴィやアリシア達も釣られるようにそこを見遣った。



 燃え盛る櫓の上に人影がある。

 その細身のシルエットと長い耳には見覚えがあった。



「あれは……カイエン……。いや……今はエダークスか!」



 すると、変わり果てた黒い肌の彼は、俺達に気付いたようで愉悦の表情を浮かべながら見下ろしてくる。



「おや? そこにいるのはルークか。こんなにも早く出会えるとは運が良い」



 彼は紅い目を細めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る