第66話 崩壊〈エーリック視点〉


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

「ぐほぉあぃぃぃっ!?」



 窓外から兵士達の断末魔が聞こえてくる。

 翼竜ワイバーンが生きたままの彼らを骨ごとボリボリと食らっているのだ。



「おやおや、だいぶ腹を空かせているようだ」



 エダークスは窓辺に移動すると、下の様子を愉悦しながら窺っていた。



 凄惨な光景に暫し呆然としていたガゼフ王だったが、ふと我に返る。



「エーリック! すぐに騎士団を招集し、奴らを止めるのだ!」

「無理です」

「な……んだと!?」



 そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったのか、ガゼフ王は目を見張った。



「陛下もお分かりでしょう。あの黒鱗の翼竜ワイバーンはルークでなければ倒せない。我々が表に出た所で無駄な犠牲が出るだけです。それにこのままでは国民の命も危ない。ここは民の避難を優先し、都を捨てる覚悟で戦略的撤退を!」

「なっ……国を捨てるだと? 私がここまで築き上げたものを捨てろというのか!」



 彼の中にそんな選択は端から無かったのか、エーリックの進言に激昂した。



「民さえいれば国は蘇ります!」

「ぐぬぬぬ……」



 ガゼフ王が悔しそうに歯噛みしていると、エダークスがわざとらしく感心する。



「懸命な判断だね。良い臣下を持ったようだ」

「……」



「だが、残念だが、もう遅いんじゃないかな?」

「は?」



 ガゼフがその言葉に疑問を持った刹那だった。



 眼前にいたエダークスが幻影のようにフッと消えたかと思った瞬間、エーリックの真横を風が駆け抜けた。



 ――何が起こった……?



 そう思うや否や、傍にいたガゼフ王の様子がおかしいこと気が付く。



「陛下……?」



 そう呼びかけ、彼の顔に目を向ける。

 だが――、



 そこには先ほどまであったはずのカゼフ王の頭が無かった。

 まるで鋭利な刃物で刈り取られたように首から上が無くなっていたのだ。



「っ!?」



 エーリックは息が詰まりそうになりながらも、恐る恐る背後にある気配に目を向ける。



 するとそこには、いつの間にかエダークスが立っていて、彼のその手にはガゼフ王の生首がぶら下がっていた。



「っあ……ああっ!!!」



 声にならない声が漏れる。



 エダークスは紅い瞳を細めると、まるで鶏の骨付き肉のようにガゼフ王の頭に齧り付いた。



「うっ……」



 その光景にエーリックは思わず胃の中の物を吐き出しそうになる。



 残されたガゼフ王の体は首の断面から噴水のように真っ赤な血を吹き上げ、床にドスンと音を立てて倒れた。



「これでこの国もお終いか。それにしても、やはり老体は味が落ちるな。もっと若い奴が食いたいところ」



 エダークスは言いながら食いかけの頭を放り捨てると、エーリックに目を向ける。

 彼は身の危険を感じて、すぐさま身構えた。



 するとエダークスは余裕の笑みを浮かべ、こう続けた。



「いいぞ」

「……?」

「お前が言うように逃げても」

「……」



「これではただの食べ放題で面白くない。お前は兵と民を連れ、我々から何人逃げ切れるかゲームをしようじゃないか」

「なんだと……」



 それはあまりにも馬鹿にした態度だった。

 それだけ、取り逃さない自信があるのだろう。



 だが、このチャンスを利用しない手は無い。



「私はここで千数えるだけ待ってやる。翼竜ワイバーン達も同様にな。その間に足掻いてみるがいい。くくく……」

「っ……!」



 エーリックは彼を睨み付けると、すぐさま行動に移った。



 外に出ると、動ける兵士達に向かって叫ぶ。



「皆良く聞け! ガゼフ王はニヴルヘイムの魔物によって殺された!」



 これを耳にした兵は瞠目する。



「動ける者は民をまとめ直ちに王都の外へと逃げよ! 出来るだけ遠くにだ! 繰り返す! ガゼフ王は死んだ!」



 必死に訴えるエーリックと、今のこの状況から、それが戯言ではないことは誰もがすぐに理解した。



 直後、場に居た者は一斉に城外へと走り出していた。


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