第64話 愚劣な取引〈エーリック視点〉
ラベリア王国の王都リターナ。
その王城内で聖騎士長であるエーリックは、国王ガゼフに進言している最中だった。
「お待ちください! 陛下!」
自室に入ろうとするガゼフ王を呼び止めた。
すると彼はようやく振り返ったが、その顔には苛立ちが窺えた。
「しつこいぞ、エーリック! 例え聖騎士長という身であっても、余り度が過ぎれば私も穏やかではいられなくなるぞ!」
「ですが、ルーク達は決してそのような者達ではありません。どうかお考え直しを!」
するとガゼフは鼻で笑った。
「では何故、あの時、己の命を賭けなかった?」
「え……」
「お前が自分の命を張ってまで助けたいと思う者ならば、私も少しは考える余地を持ったやもしれぬというのに」
「……」
ガゼフは蔑みの視線を送ってくる。
――私を試したというのか?
いや、仮にそうだったとしても、今の陛下の調子では答えは変わらなかっただろう。
そもそも陛下はそのようなことを口走るような御方では無かったはずだ。
何故、こうも変わられてしまったのか……?
やはり……カイエンとかいう、あのエルフが原因か?
「陛下、お忘れですか! ルーク達はあの
「そんな事は分かっている。だが、その災いを呼んだのもまた彼らだ」
「……」
――どうやら、率直に尋ねるしかないようだ。
そこでエーリックは身を正し、勘繰るような表情で尋ねた。
「カイエンに何を吹き込まれました?」
「……」
そこでガゼフの顔色に変化が訪れた。
「エーリック……貴様、私を愚弄するか」
眉間に皺を寄せ、あからさまな不快感を露わにする。
――分かり易い人だ。
それ故、王の器ではなかったのかもしれないな……。
「愚弄など、とんでもない。私はただ陛下の身を案じているだけです」
「……」
そこで二人の間に不穏な空気を感じ取ったのか、部屋の前に立っていた衛兵二人が反射的に身構えた。
「よい、お前達は下がっていろ」
ガゼフがそう命じると衛兵は構えを解き、扉の前から身を退いた。
「中で話そう。入れ」
「はっ」
ガゼフはエーリックを自室に招き入れた。
王の自室は金銀をあしらった豪奢な調度品が並ぶ。
そこはさすが強大な王国をまとめ上げただけのことはある。
ガゼフはその中にある金縁のソファーに腰掛けると、ゆったりと背もたれに体を預ける。
「これは、これまで我が国の為に尽くしてくれた聖騎士長のお前であるからこそ話すことだ。よって口外無用である」
「はい」
「お前は、あのエルフの里が壊滅したことは既に知っているな?」
「はい、ルーク達とカイエン双方の証言から、確かであるかと」
そこでガゼフはエーリックを一瞥した。
「エルフ族の族長の息子であり、唯一の生き残りであるカイエンが、彼の地を我が国の統治下にと求めてきた」
「!?」
「誰もいなくなった無人の里をそのままにしておけば、それを聞きつけた隣国がここぞと奪いにやって来るだろう。そんな野蛮な国々に里を荒らされるくらいなら、堅牢な我がラベリアの属領となり、然るべき管理の下に置かれた方が死者の魂も救われるだろうというのだ」
エーリックは青ざめた。
そのような虫のいい話があるものか。
「カザフス緩衝地帯は長年、隣国との摩擦が絶えぬ場所だった。それが一気に解決するのだ。こんな良い話は無いだろう」
「そのような戯言を本気で信じておられるのですか?」
「戯言だと?」
ガゼフは背もたれから背中を上げ、強い視線を向けてくる。
「そのような事をしても相手には何の利益もない。そもそも、あのカイエンとかいう男は曲者です。まさか……その為にルーク達を悪者に仕立てたのですか!?」
するとガゼフは小さく笑った。
「仕方が無いだろう。あやつらは呪われた存在。それはカイエンにとっても、我々にとっても同じなのだから」
「あなたという人は……」
普段、温厚なエーリックの中にも沸々と怒りが込み上げてきていた。
彼は目の前の欲に目が眩んだのだ。
それで有りもしないカイエンの話を受け入れた。
――しかし、こんな状態でどうやったら……ルーク達の嫌疑を晴らすことが出来る?
陛下の考えが変わらなければ、それは無理だろう。
もしくは――。
答えを導き出そうとしたその時だった。
「くくくく……なかなか面白いやり取りを聞かせてもらった」
「……っ!?」
「……!?」
突然の第三者の笑い声にエーリックとガゼフは身構えた。
すると、部屋の隅から、冷笑を浮かべる金髪と白い肌のエルフが現れる。
カイエンだ。
「貴様っ……どこから入った!?」
ガゼフは立ち上がり、カイエンに怒号を飛ばす。
これに対し彼は呆れたように言う。
「そんな事はどうでもいい。それより私はあなたに失望した」
「なんだと……?」
言われたガゼフは何の事だ? というような顔をしている。
「あのルーク達を簡単に取り逃してしまうのだから。人間が人間の手によって潰される。それを楽しみにしていたというのに残念でならない」
そんなふうに語るカイエンは薄気味悪い笑顔を浮かべていた。
しかし、エーリックはそんなカイエンの感情に疑問しか感じていなかった。
呪われた存在というだけで、そこまで猟奇的になれるだろうか?
「なぜ、そこまでルーク達を付け狙う?」
「なぜって? くくく……」
彼は再び肩で笑った。
そして口角が釣り上がるのを見た。
「彼ら……いや、彼は
口調が変わった。
「……我々?」
――おかしい。エルフの民は滅んだはず……。
なのにも拘わらず、我々とは誰のことを示しているのか?
するとカイエンは淡々と告げる。
「もう少し遊べると思ったが、もうこの国には用が無くなった。いいだろう、見せてやるよ。私の本当の姿を……!」
言った途端、彼の肌が見る見る内に黒く染まって行く。
鮮やかだった金髪は白銀に変わり、目の色は深紅に光った。
「っ!? ダークエルフ? いや、違う! これは……」
エーリックはこの感覚を覚えている。
それはルークと共に戦った
「まさか……」
エーリックの中に怖気が走った。
黒い肌を持ったエルフは静かに口を開く。
「我が名はエダークス・レクス・ド・ニヴル。お前達がニヴルヘイムと称する世界の住人だ」
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