第63話 国境
「ルーク様ぁぁっ!」
アリシアはすぐさま前に回り込むと、俺の体を押さえて翼を大きく羽ばたかせる。
「んんんんんんんっ!!」
彼女が力一杯押し戻すと、振り子の速度は次第に減速し、やがては対岸の岩壁にゆっくりと張り付くことが出来た。
「ふぅ……危ないところでした。お怪我はありませんか? ルーク様」
「ああ、問題無い」
それより彼女に「ありがとう」と告げたかったが、素直に言葉が出て来ず、ぶっきら棒な言い方になってしまった。
「ここから上がれますか?」
アリシアが視線で崖の上を指し示してくる。
崖の縁まで目視で五十メフラン(約五十メートル)ほど。
腕力だけで登れない距離では無い。
「なんとかな」
「では、私がサポートしますね」
「ああ」
「……」
「……」
そんなやり取りをした後、二人の間に沈黙が過る。
「というか、そこをどいてくれないと上がれないのだが……」
「えっ……?」
俺に言われて彼女はようやく自身の状況に気がついたようだった。
アリシアは俺と壁の間に挟まれるような形で密着していたのだ。
壁にぶつかりそうになった俺の体を押し止める際に間に入り込んだので、そうなるのは当然のことだったのだが……。
危機を乗り越えた安堵の方が大きかったのか、今の自分の状態にはあまり気が回らなかったようだ。
彼女の柔らかい体の感触と温もりが伝わってくる。
するとアリシアは急に顔を赤く染めて、しどろもどろになった。
「あっ……あわわ……こ、これはその……えっと、す、すぐ退きますっ!」
彼女は間から這い出すと、すぐに翼を広げ、宙に浮かんだ。
俺は、ようやくそれで動くことが出来るようになった。
網を掴み、上に向かって登り始める。
アリシアは俺の足下を滞空しながらついてくる。
もし、俺が落ちそうになった場合に備えているようだ。
そこからは、それほど時間も掛からずに登り切ることが出来た。
後方支援専門だったが、冒険者で鍛えた腕力は案外、役に立ったらしい。
それでも登り切った時には腕の筋肉はパンパンで、雪崩れ込むように地面に寝転んでしまった。
「ふぅ……さすがにキツかった……」
「お疲れ様です」
アリシアが傍に来て部分的に
途端に腕に溜まった疲れが癒えていった。
「ルーク、大丈夫?」
先に待っていたエリスが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ああ、見ての通りだ」
俺は起き上がって、なんともないことを見せた。
そのまま辺りを見回すと、点在する森林と平原が広がっている景色が目に入ってくる。
「ようやく、ゼーガス皇国の領土内に入ったか。これで一応、ラベリアからの追っ手を心配する必要は無くなったな」
「そうですね」
アリシアとエリスに笑みが戻る。
――さて、目先の目標は達成出来たが……これからどうするか……。
当然、このままここにいる訳にもいかない。
これからは、このゼーガスで生活を組み立てなければいけない。
俺に出来る事と言えば、すぐに頭に思い浮かぶのは冒険者だ。
確か、冒険者ギルドはゼーガスにもあると聞いたことがある。
ともかくは、この地がどういう場所なのか、それを確かめに近くの町へ行ってみることにしよう。
だが、今日はもう日が暮れる。
全ては明日だ。
「ここから少し移動する。野宿出来そうな場所を探すぞ」
「はい」
「うん」
俺が先陣を切って動き出すと、アリシアとエリスがぴったりと後ろを付いてくる。
――この地でも上手くやって行けるといいが……。
俺達が、その日の寝床を探そうとしていた少し前――、
ここより遠く離れたラベリア王国、王都リターナで、不穏な影が動き出そうとしていた。
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