第60話 逃亡
「ルーク! こっちだ!」
城壁の隙間からエーリックが手招きしていた。
俺は周囲に誰もいないことを確認すると、彼と共に物陰に入り込む。
すぐに口を突いて出たのは彼を心配する言葉だった。
「おい、こんな所で何をやってるんだ?」
「いいから聞くんだ。時間が無い」
エーリックは焦ったように足下の水路を指し示す。
「ここを抜ければ衛兵に見つからず城外に出られる。泳ぎは得意か?」
「まあ……人並みにな」
「じゃあ大丈夫だな」
「そんなことより、この事が知れたら、お前の身の方が危なくなるぞ」
「だから急いでいる」
そこでエーリックは改めて俺の目を見据えた。
「私はお前達が呪われた存在だなんて思っちゃいない。あんなのは、あのカイエンとか言う胡散臭いエルフが有ること無いこと尤もらしく話しているだけだ。それに上手いこと丸め込まれている陛下も陛下だが……っと、今はそんな事を悠長に話している場合じゃなかったな」
彼は俺を水路へと促す。
水の中に足先を入れると、かなり冷たいのが分かる。
水深も腰ぐらいの深さがあった。
そこでエーリックが付け加えてくる。
「情報はすぐに各地へ伝わる。王国内に居てはいずれ身動きが取れなくなるだろう。東の隣国、ゼーガスに逃れるといい。あそこは部外者に寛容だと聞くからな。だが、国境の警備は厳しくなるだろう。スレイン渓谷を知っているか?」
「ああ、名前だけならな」
「地理的な問題もあって渓谷側の警備は手薄だ。ゼーガスに抜けるなら、そちらから行く方がいい」
「分かった。何から何まですまない」
「いや、こちらこそ、お前達に何もしてやれないですまない」
彼の立場を考えると、それだけでかなり思い切った事をしてくれていると思う。
彼はそれでも物足りないと言うが、俺としてはとてもありがたい。
「とにかく逃げ延びろ。私は私なりにこの場所で、お前達の疑いを晴らす為に情報を集めてみる」
「ああ、助かる」
そう答えたと同じくして、捜索中の兵士達の声が聞こえてくる。
「おい、どっちに行った?」
「俺は兵舎の横に入って行くの見たぞ」
「なら、向こう側から回るか」
「分かった」
もう、この辺りもヤバそうだ。
俺は手で合図してエーリックに別れを告げると、水路の中に身を屈めた。
◇
「ぷはぁっ……!」
俺は水面から顔を上げ、大きく息を吸った。
辺りを見渡すと、のどかな農村風景が広がっていた。
どうやら王都を囲う塀の外へと出ることが出来たらしい。
兵達はまだ俺が城内にいると思い込んでいるだろう。
この間に出来るだけ遠くに逃げなくては……。
その為にはアリシア達と合流しなくてはならない。
俺の居場所をどうやって知らせるか?
その方法は案外簡単に思い付いた。
俺はありったけの糸を全て放出させると、そいつを一つに束ねて空に向かって伸ばす。
糸が見える彼女なら、これで俺の居場所を見つけてくれるはずだ。
それにこの方法なら他者に気取られる心配も無い。
レベルが上がっている俺の糸はかなりの高度にまで伸びていた。
それが太陽の光を浴びて、白銀のような煌めきを見せる。
直後、遙か上空から急降下で近付いてくる存在に気がつく。
アリシアとエリスだ。
――見つけてくれたようだな。
彼女は着地の直前で翼を大きく羽ばたかせ急減速する。
「ルーク様! ご無事で何よりです」
「ああ、そっちも大丈夫だったか?」
「ええ、私達はなんとも……。それより、ずぶ濡れじゃないですか。早く服を着替えないと体に障ります!」
「そうしたいのは山々だが、正直今はそんな余裕がない。すぐにスレイン渓谷へ向けて出発するぞ」
勿論、アリシアも今の状況を理解している。
だから、俺の言葉に素直に従った。
「どこかで馬車を調達しなくてはな」
そんな事を言いながら足を進めると、エリスの足取りが重いことに気がつく。
「どうした? 急ぐぞ」
俺が急かすとエリスは沈鬱な表情で答える。
「ごめんなさい……ボクのせいでみんなが……」
恐らく彼女は、自分のせいで俺達を巻き込んだと思い、責任を感じているのだ。
だが――、
「何を言ってるんだ? 悪いのは全てあのカイエンとかいう男のせいだろ。あいつの決めつけでこんな事になってるんだからな」
「ルーク……」
エリスは初めて俺の名を口にしたような気がした。
「さあ、分かったら急ぐぞ」
「うん……!」
俺達は三人揃って走り出した。
――それにしても、まさか俺達が追われる立場になるとはな……。
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