第56話 拒絶するエルフ


 エリスは青年エルフの態度に怯えていた。



 こんな幼い子に対して、どうしてそこまで悪意を向けられる?



 エリスは精霊の声が聞こえないからという理由で里を追い出されたと言っていた。

 ただそれだけで追放するのもどうかと思うが、この扱いも解せない。



「なぜそこまで、この子を拒絶する?」

「ふん」



 彼は語るのも穢らわしいといった表情を見せる。



「逆に問おうではないか。なぜ精霊はその子を見放したのか?」

「……」



 彼は蔑むような態度で続ける。



「それは彼女が危険な存在であると精霊が判断したからだ。我が一族に災いをもたらす元凶であるとな」

「……」

「精霊すらも嫌う存在を敢えて傍に置いておく理由は何も無いだろう」



 彼はそう言うが、エリスが共にいることで俺達が何か被害を被ったことは一度も無い。

 彼らの方こそ取り固まった迷信や慣習に囚われ過ぎているのではないだろうか?



「では実際にどんな災いが起こったのか教えてもらおうか?」

「それは見ての通りではないか」



 彼は言いながら近くに倒れているオークの死体を横目で見遣った。



「なぜこのような異端の存在が突然、現れたのか? その子がこの里に近付いていると知っていたら、もう少し警戒していただろう」

「なっ……」



 こいつはエリスが里に近付いたから黒いオークが現れたとでも言うのか?

 それはいくらなんでも言いがかりが過ぎる。



「こじつけだな」

「そうだろうか?」



 彼は訝しげな視線をアリシアに向ける。



「片翼が漆黒の翼人……その翼から放たれている力に私の精霊がざわついている。それに彼女の持っている剣からは更に邪悪な力を感じる」

「それは……」



「そして、お前もそうだ」

「……!」



 彼は俺を睨み付ける。



「得体の知れない術……そこから感じる負の力……それに精霊達は怯えている。これらは果たして偶然だろうか?」

「なんだと……?」



「呪われた子が持つ災いの力が、お前達のような者を呼び寄せたのではないか?」



 俺がアリシアに翼を移植したのも、竜玉を再利用したのも、そして魔導人形グリモワドールを拾ったのも全て必然だったとでも言うのか?



 俺は彼に嘲笑を向ける。



 エリスはそんな子ではない。

 だが、一つの事に囚われた者に何を言っても通じはしないだろう。



 これ以上、彼と話しても無益だ。



 ニヴルゲイトに侵蝕されたオークをこの目でしかと確認した。

 それでガゼフ王に頼まれた目的は達成している。



 こんな奴に構うこと無く、さっさと報告に帰るのが得策だろう。



「そこまで言われて俺達がここに居続ける理由も無い。早々に退散させてもらう」

「そうしてくれるとありがたい」



 エルフの青年は嫌みっぽく返した。



「ということだから、アリシア、エリス、帰るぞ」

「はい」

「うん……」



 彼女達は俺の傍へと寄る。



 エルフの青年は傷を負った腕をもう片方の手で押さえながら、俺達が完全に立ち去るのを見届けていた。



 そんな彼に対して背中を向けた時だった。



「カイエン様ーっ!」



 森の奥から一人のエルフが現れた。

 見た目はやはり若い男だ。



 それで俺達と会話していたエルフの青年がカイエンという名だということが分かった。



 森から出てきた彼は、慌てた様子でカイエンに近付く。



「たっ、大変です!」

「リィーンか、どうしたのだ?」



 カイエンが尋ねた直後、リィーンと呼ばれた彼は、足下に彼は転がっているオークに気がつく。



「っ!? これは……。カイエン様、お怪我は!?」

「私のことはいい。それより何があった?」



 リィーンは息を切らしながら答える。



「さ、里に……これと同じオークが現れて……それで……っ!」

「なんだと!?」



 カイエンの表情が強張る。



「戻りながら状況を聞く! 行くぞ!」

「は、はいっ!」



 そんなやり取りを見せた後、彼らは森の奥へと風のように消えて行った。

 その際、カイエンが恨みの籠もったような視線を俺達に残していった。



「ルーク様……どうしますか?」



 アリシアが聞いてくる。



 あそこまで言われて、彼を助けるような義理はこちらには無い。

 だが、全てのエルフが彼と同じ考えであるとは思いたくない。



 それに……。



 横を見ると、エリスが不安げな表情を浮かべているのが気になった。



「何か気掛かりなことがあるのか?」



 すると彼女は、言いにくそうにしながらもこう答えた。



「パパとママが……」


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