第57話 神罰


「パパとママが……」



 エリスはそう訴えた。



「両親がいるのか?」



 自分で言っておいてなんだが、彼女がこの世に存在しているのだから、両親がいるのは当たり前だ。

 だが、里に居ることに疑問を覚えた。



 エリスが追放された際に両親はどうしていたのだろうか?

 なぜ、彼女を探しにこないのか?

 様々な疑問が浮かび上がる。



 エリスが言うには、彼女が里から追放される際、両親はかなり強く反対したという。

 だが里の決まりには逆らえず、エリスとは無理矢理引き離された。



 呪われた子を産んだ両親は、今も里で肩身の狭い思いをしているはずだとエリスは訴えたのだ。



「とにかく、そのエルフの里に向かおう」



 言うと、エリスの表情に明るさが戻る。



「案内出来るな?」

「うん! 任せて!」



 彼女は自信満々に返事をすると、真っ先に走り始めた。




          ◇




 森の中を進むこと一時間あまり。



 俺達はエルフの里と思しき場所へ到着していた。



 思しき……と例えたのは、気品あるエルフが住まう場所とは思えない光景が目の前に広がっていたからだ。



「あ……あぁ……」



 エリスは里を見渡しながら瞳を震わせる。



 そこには、オークに食い荒らされたと思われるエルフ達の死体が無数に転がっていたのだ。



「うっ……見ては駄目です!」



 アリシアが咄嗟にエリス体を抱き寄せ視界を塞いだ。



 しかし、彼女はもう悟ってしまっただろう。

 エルフの里が壊滅してしまったことを。



 俺は過去にこれと同じような光景を見ている。

 そう、翼竜ワイバーンに襲われたカダスの町だ。



 そこでも人々は翼竜ワイバーンに捕食され、亡骸さえ残っていなかった。



 無残に食い散らかされ姿から、ここを襲ったと思われるオークも同様の習性を持っているようだ。



 この様子では生存者は期待出来ないだろう。

 恐らくエリスの両親も……。



 それにしても辺りにオークの姿が無い。

 里のエルフを全員食い尽くすほどであるから恐らく集団であるに違いない。

 それだけの数は今、どこに?



 周囲を見回してもニヴルゲイトの存在は認められなかった。



「うぅ……パパ……ママ……」



 アリシアの胸でエリスが苦しみの声を漏らす。



 俺は慰める言葉すら思い付かない。

 何を言っても現実の前では意味を成さないと分かっているからだろう。


 

 俺達は暫くそこに立ち尽くすしかなかった。



 そんな時だ。



「何をしに来た?」



 突き刺さるような強い口調と共に木陰から二つの人影が現れた。



 それは見覚えのある人物。

 先に向かっていたカイエンとリィーンの二人だ。



 彼らは嫌悪感を露わにした表情で俺達に近付いてくる。



「この子の両親がここに居ると聞いてな」

「フッ……」



 何故かそこでカイエンは笑った。



「何がおかしい?」

「まさか、そんな状況になってまで未だに両親を慕っているとは思いも寄らなかったのでな」



「それはどういうことだ?」



 彼はアリシアの胸にうずくまるエリスに嘲笑を向ける。



「真っ先に、そいつを売ったのは斯く言うその両親だからだ」

「……!」



 これにエリスはすぐに反応した。



「ウソだ……!」

「嘘では無い。呪われた子を産んでしまった彼らが、この里で生きて行くにはその方法しかない。彼らは我が子よりも自分自身の保身を選んだのだよ」

「そんな……」



 エリスはその言葉を受け入れられない様子だった。



「だが、そんな彼らもこの様子では生き残ってはいまい……。そんな事よりも――お前は自覚した方がいいだろう」

「……?」



 そこでカイエンは、静かでありながらも――怒りに打ち震えた。



「里を……我が一族を……そして自らの両親を殺したのは、呪われたお前自身であるということを!」

「っ……!」



 エリスの瞳から光が消えて行く。



 さすがにそこまで言われて、俺は黙ってはいられなかった。



「それはお前達が〝呪い〟という有りもしない存在にただ怯えているだけだろ」

「なんだと?」

「恐れが恐れを呼び、真実が見えなくなっているだけなんじゃないのか?」



 するとカイエンは冷笑を浮かべた。



「フッ……何も知らないから、そんな事が言える。まあ、いいだろう……」



 彼は踵を返し、どこかへ向かおうとする。

 そして、半身を向けてこう告げてきた。



「私はこの里の族長だったシーバの息子、カイエン。悪しき者達には、いずれ必ず神罰が下るであろう」

「……」



 彼らはそう言い残すと、森の奥へと消えて行った。


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