第55話 邂逅


 黒い皮膚で覆われた醜悪な顔立ちのオークが、エルフの青年に襲いかかろうとしていた。

 青年は立ち向かおうとしたのか体に傷を負っているようだ。



 俺は考えるまでもなく糸を放つ。



 真っ直ぐに伸びた糸がオークの影に突き刺さり、動きを止める。



「……!?」



 急に動かなくなったオークにエルフの青年はハッとし、すぐに俺の存在に気がついたようだ。

 だが今は彼のことに構っている暇は無い。



 そのまま構造解析でオークの体皮を探る。



 やはり……翼竜ワイバーンやゴブリンと同じように魔法による防壁が張られている……。

 しかも、それらとはまた魔法の構造が違う。



 一度解析した内容がそのまま流用出来ないのが厄介だ。



「やあっ!」



 その時、空から舞い降りてきたアリシアが剣でオークに斬り付けた。



 高熱の魔法剣がズブズブとオークの体皮を溶かし肉にめり込むが、それ以上は刃が進まず、断ち切ることが出来ないようだ。



「くっ……!」



 無駄だと悟った彼女は剣を抜いて後方へ飛び退いた。



「少しだけ時間をくれ」

「はいっ」



 アリシアにそう告げると解析を続行する。



 オークの体皮には魔力が頑強なハニカム構造を形作っていて、外からの力を受け付けないようになっている。

 この形を作っている魔力の流れを変えなければ強固な防壁は打ち崩せないだろう。



 だが、解析レベルの上がった今の俺なら、それが出来るはずだ。



 俺は残った糸を体皮に這わせて、内部構造の改変に挑む。

 それは緻密に詰まっている色違いのブロックを入れ替え、同色に揃えて行くような作業だ。



 それを全てに於いて行うには相当な時間がかかるが、ほんの一部であればそう時間はかからない。



「……できた」



 綿密に張られた魔力防壁の中に、僅かながらも無防備なスポットが空く。



「右耳の鼓膜――エリス! 行けるか?」

「うん、止まってる相手なら簡単だよ」



 既に地上に降り立っていた彼女が、木の枝の上から弓を構えていた。



 それは針の穴を通すような技術。

 だが、彼女にとってはそれは容易なことだった。



「見てて」



 宣言した直後、放たれた矢がオークの鼓膜を貫通する。



「ブヒィィィィィィィィィィィィッ!」



 オークが苦しみの嘶きを上げた。

 途端、体に中に張り巡らされていた魔力防壁が消失する。



 それは右耳の鼓膜の奥に、魔力防壁を形作っている根幹があると解析で判明したからだ。



 最小限の時間で最高の結果を出す。

 それにはこの方法が適切だった。



 魔力防壁が無くなりさえすれば、あとは普通の魔物と変わらない。



「アリシア!」

「了解しました!」



 彼女は翼を羽ばたかせ、地面を蹴った。



 風を切るようなスピードでオークの真横を駆け抜ける。



「ギャオァァァァァァァァァッ……!!」



 オークの体は、まるで熱したナイフでバターでも溶かすように、胴体から真っ二つに切れて地面に転がった。



 ズシンという音を立て、下半身も頽れる。



 ――よし、上出来だ。



 そんな視線をアリシアとエリスに向けると、彼女達も満足げに微笑み返してくれた。



 さて、あとは怪我を負っているらしいエルフのことだが……。



 俺は地面に片膝を立てて座っているエルフの青年に近付く。



 目映い金髪に、整った顔立ち、

 霊力を帯びたような白い肌と高貴な雰囲気は、まさに絵に描いたようなエルフの容貌だった。



「大丈夫か? すぐに回復魔法ヒーリングを――」



 俺が彼に手を伸ばしかけた時だ。

 青年の表情が途端に険しくなる。



「いらぬ世話だ」

「は?」



 想定外の返答に耳を疑った。

 ここで回復魔法ヒーリングを拒否することが、彼にとって何の利益になるのかが理解出来なかったからだ。



「お前のその力は……呪われた力だ。そんなものを使う奴の世話にはならない」

「呪われた力……?」



 何を言ってるんだ……こいつは。

 呪われた力とは……裁縫スキルのことか?



 それなら彼に糸が見えているということになる。



「俺のスキルが見えているのか?」

「いいや」

「……」

「私の精霊が教えてくれている。お前の体から負の力が溢れ出ているとな」

「……」



 負の力だと?

 俺は自分のスキルをそんなふうに思ったことはない。

 これまでもこの力は俺達を助けてきてくれたのだから。



 それがこいつの世迷い言だとしても、助けてやった相手に対する態度ではない。



「それに……」



 エルフの彼は、そのまま木の上にいるエリスを一瞥した。



「呪われた子と共にいる者達など、信用出来るはずもない」

「なっ……」



 その視線には侮蔑の念が込められていた。



 エリスは何も言えず、木の上で小さくなるだけだった。


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