第54話 カザフス緩衝地帯


 黒色の魔物の真相を探る為、国王からエルフの里へと向かって欲しいと頼まれた俺達は、早速出発の準備に取りかかろうとしていた。



 だが、その依頼を受ける際に見せたエリスの表情が気になっていた。



 エルフの里といえば、彼女の故郷だ。

 そこから追放された彼女にとっては、どうにも行きにくい場所だろう。



 俺は自室で荷造りをする彼女に尋ねる。



「お前はここに残ってもいいんだぞ?」

「え……」



 そんな言葉を投げかけられるとは思ってもみなかったのか、エリスはぼんやりとした顔を見せた。



 と、そこへアリシアが提案してくる。



「ルーク様、今回の件……私だけで行ってきましょうか?」

「ん?」

「私の翼なら、エルフの里までそう時間はかかりませんし、現況を確認するだけなら私だけでも出来ますから」

「……」



 確かに、目的を達成するにはその方法が一番手っ取り早いだろう。

 だが、相手はあのニヴルゲイトに関係するものだ。

 確認するだけとはいえ、不測の事態が起きないとも限らない。



「いいや、それは駄目だ。絶対に危険が無いとは言い切れないからな」

「……分かりました」



 彼女はエリスのことを思ってそう言ってくれたのだろうが、無闇に危険に晒すわけにはいかない。



「ボクなら大丈夫だよ」



 エリスがふと顔を上げて言った。



「そのことは、もうあんまり気にしてないし。それにエルフの里の近くっていうだけで、里に行くわけじゃないんでしょ?」

「まあ、そうだな」



 目的地はあくまでその周辺だ。

 ただ偶然、エルフに遭遇する可能性は無きにしも非ずだが……。



「なら行くよ」



 そう言われてしまうと断る理由も無い。



「分かった。但し、行動中は俺の言うことに従うように」

「うん、分かったよ」



 そんな訳で、三人でカザフス緩衝地帯を目指すことになった。



          ◇



 翌日、俺達は馬車を借り、ガザフス緩衝地帯に向けて出発していた。



 しかし馬車の上は、旅の目的の重さに相反して、ほのぼのとした空気が漂っていた。



「ねえ、アリアシア、今のもう一回やって!」

「もういいでしょう?」

「あと一回だけー」

「仕方ないですね……あと一回だけですよ?」

「うんうんっ」



 俺が馬の手綱を握っている後ろで二人はそんな会話を交わすと、アリシアがエリスの小さな体を胸の前に抱き上げた。



 その直後、大きな白黒の翼を広げ、上空へと飛び立つ。



「うはははーいっ! たかいたかいー!」



 彼女の達の姿は瞬く間に空の彼方に小さくなって行く。



「おーい! あんまり遠くに行くなよ!」



 この距離で聞こえているかどうかは分からないが空に向かって叫んだ。



 最初はエリスの、



「ボクもアリシアみたいに空を飛んでみたい」



 という何気ない質問から始まった事なのだが、一回それを試したところ、彼女は空を飛べたことにかなり感激してしまったようで、先ほどから何度もそいつをせがんでいるのだ。



 これで既に十回目。

 そろそろ馬車に乗っている時間の方が少なく感じられるくらいになってきている。

 こうなってくると、馬車を走らせている意味を考えてしまう。



「うほーい! はやーい! きもちいいー!」



 時折、真上を通過する際に、エリスの声が頭上から聞こえてくる。



 それにしてもアリシアは面倒見が良いというか、若いのにまるであの子の母親のようでもある。

 エリスに出会ったことで彼女の違った一面を垣間見ることが出来たのだと思う。



 彼女が普通の翼人で、奴隷としての人生を送っていなかったら、今頃彼女はどんな生活を送っていたのだろうかと考えてしまう。



 彼女は俺の奴隷で本当に幸せなのだろうか……?



 ふと、そんなことを思っていると――、

 突如、上空からアリシアの声がした。



「ルーク様! 前方、三百メフラン(約三百メートル)に人影が!」



 その切羽詰まったような言い方は、何か異常を発見したのだ。

 すぐに問う。



「状況は?」



 すると彼女は俺の真横にまで降りてきて併走しながら答える。



「何者かに襲われています! このまま真っ直ぐに進むと、森の中に開けた場所があります。そこが現場です」

「分かった」



 俺は馬に鞭を入れ、速度を上げる。

 するとアリシアは、滑空しながら告げてくる。



「私達は先に向かいます!」

「ああ、だが気をつけろ。無茶はするな」

「はい」



 言うと彼女は二、三度羽ばたき、再び上空へと舞い上がった。

 その際、前に抱きかかえられていたエリスが俺に向かって手を振ってくる。



「ばいばーい」



 空に二人を感じながら、馬車は森の中を突っ走る。

 だが、これ以上、道無き道を走るのはさすがに無理がある。



 ある程度の所で馬車を止め、あとは走って進む。



 馬車で二百メフランは走った。

 あと百メフランくらい大したことはない。



 草木を掻き分け進むと、すぐに開けた場所が前方に見えてくる。



 そこで俺が目にしたのは黒いオークに襲われているエルフだった。



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