第53話 不穏な影


 王都へと戻った俺は、すぐにエーリックのもとを訪れた。



 そこで今回のゴブリン討伐の一件を話し、その証拠品として採取しておいたゴブリンの耳を見せると、彼は驚きを隠せない様子だった。



 共に黒怒竜ニーズヘッグと戦った彼だ。

 その黒い皮膚を目にすると、即座に理解したようだった。



 と、そこで、

 エーリックは何か思うところがあるらしく、そいつを預からせてくれと言ってきた。



 彼のことだから信用しても問題は無い。

 だから、そのまま渡してしまった。



 クエスト報酬は得られないが仕方が無い。

 そもそも、ギルドに持って行った所で証拠品として認められるかどうかも怪しいところだ。

 こんなゴブリンは前例が無いだろうからな。



 そんなわけで俺達は、ひとまず討伐の疲れを癒やす為、外郭内に設けられた宿に戻っていた。



 しかし、今回のクエストで頑張ってくれたアリシアとエリスに何の報酬も無いというのもあんまりだ。



 あとで町に出て、二人に何か買ってやるか……。



 そんな事を思いながら、暫しの休息を取っていた時だった。



 コンコン



 部屋の扉がノックされる音だ。



 俺は寝転んでいたベッドから起き上がると、扉に向かって尋ねる。



「誰だ?」

「国王陛下の遣いで上がりました。王国騎士団所属、フランツ・ポルケであります!」



 国王の遣いだと……?



 不審に思いながらも扉を開ける。

 すると、目の前に立っていたのは若い兵士だった。

 彼は俺の姿を認めるなり、すぐに口を開く。



「お休みのところ申し訳ありません。陛下がルーク様に会ってお話したいことがあると……そう申し遣って参りました」

「……」



 国王自ら……しかも、こんな急に……。



 それが何を意味するのか?

 俺の中ではおおよその予想がついていた。




          ◇




「急に呼び出したりしてすまない」

「いえ」



 俺とアリシア、そしてエリスの三人は、金で装飾された大きなテーブルを前に国王と対面していた。



 広々とした部屋の中央に豪奢なテーブル。それを囲うように複数の椅子が等間隔に並んでいる。



 恐らくこの場所は各地の領主が集まり、会合などに使われるような場所なのだろう。



 この部屋には真向かいに座る国王ガゼフと彼の背後に控えているエーリック、そして俺達しかいなかった。



 人払いは済んでいるというわけか……。



「そなた達を呼び出した理由については、もう気付いてはおるだろう。例の黒いゴブリンについてだ」



 やはり、そうか……。



 黒怒竜ニーズヘッグとの関係性を疑い始めれば、何らかの反応はあると思っていた。

 だが、ゴブリン討伐時の状況は全てエーリックに伝えてある。

 もし、他に情報を得たいと考えているならば、こちらから話すような事はそれ以上は無い。



「討伐時の状況については既にエーリックから聞いている」

「ならば、俺達にはそれ以上の情報はありませんが?」



 するとガゼフは、分かっているとでも言いたげな表情を見せた。

 そして、



「これはまだ、我々だけの内密な話に留めておきたい。そこを理解してもらえるか?」



 ガゼフは急に強い眼差しを向けてきた。

 ここは「はい」と答えるより他は無い。



「分かりました」

「ならば話そう」



 彼は一呼吸、間を開けて話し始めた。



「先日、我が領地内で兵士が討伐したオークが蘇るという事案が発生した」

「……!」



「そのオークは幸い一体であったが為、なんとか打ち倒すことに成功したが、対象は通常のオークとは思えない怪力で、我が国の騎士が束になって立ち向かうも、押さえ付けるのは容易ではなかったらしい」

「……」



「そしてこのオークは、蘇った際に――黒色の皮膚に覆われていたとのことだ」

「……!?」



「と、ここまで話せば分かるだろう」

「俺達が倒したゴブリンと同様の現象……」

「うむ……」



 他にも似たようなことが起きていたとは……。

 だが、状況を考えれば有り得ない話でもない。



 ニヴルゲイトは神出鬼没……。



「そのオークの近くにニヴルゲイトは?」

「確認されたが、オークを倒した後、すぐに消えたそうだ」

「……」



 やはりゲイトが関係している?



「黒鱗の翼竜ワイバーン黒怒竜ニーズヘッグ、そして今回のゴブリンとオーク……どうやら我々が思っているよりも事は深刻なようだ」



 ガゼフは顎に手を置き、沈鬱な表情でテーブルに視線を置いた。



 通常の魔物よりも数段強力な魔物。

 それが各地で偶発的に発生するとなったら、高ランクの冒険者でも対応仕切れない。



 放って置けば、この事は一般の人々にも知れ渡り、いずれこの国は混乱に陥るだろう。



「それをなぜ俺達に?」

「うむ、その事だが……」



 ガゼフは顔を上げた。



「つい先ほど、他国との緩衝地帯で黒色の魔物を見たとの報告が上がってきたのだ」

「……!」



「願わくば偽の情報であって欲しいものだが、我が国の国境に近い場所……。被害が及ぶ前に対処したいと考えている。そこでだ……こんな事を頼むのは忍びないのだが……そなた達に真実を確かめてきて欲しいのだ」

「俺達が……?」



「この事を知るのは、翼竜ワイバーン討伐の生き残りであるそなた達とエーリックのみ。ここで民に無用な不安を与えたくないのだ」



 だからといって、もしそれが本当にニヴルゲイトが関係するものだったら?

 黒怒竜ニーズヘッグ級の魔物が出てくれば、俺達だけで対処出来るような代物ではない。

 それは死にに行けと言っているようなものだ。



 それにそこへ向かう義理も俺達には無い。



「断ると言ったら?」



 ガゼフの表情が僅かに弛む。



「その答えも当然のことだろう。本来なら勇者が向かうべき事案なのだからな。だが、討伐せよというわけではない。ただ、確認だけしてきて欲しいのだ。もし、それが想定していたものであるならば、こちらは兵を整え討伐に向かわせる。無論、その為の報酬は弾ませてもらう」

「……」



 確認だけなら……と思ってしまう。

 それに、それが本当にニヴルゲイトに関わることならば、この国で自由に冒険者をやっていられる状況ではなくなってくる。

 どのみち自分の身に降りかかってくる事には変わりは無い。



 俺は確認を取るかのようにアリシアとエリスに目をやった。

 すると彼女達は同意の視線を返してくる。



「分かりました。引き受けましょう」

「おお、やってくれるか。礼を言うぞ」



 ガゼフは思わず椅子から立ち上がっていた。



「それで、その場所と言うのは?」



「北のカザフス緩衝地帯、その中にある――エルフの里近くだ」



 その名を耳にした途端、隣に座るエリスの体がピクッと震えるのを見た。



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