間話4 メナスの森にて〈ゲイツ視点〉


「おらぁ! 何やってんだ、お前ら! こんな程度でへこたれてたら明日の飯は食えねえぞ。しっかり歩け!」



「は、はぃぃっ!」

「ひぃぃっ!」



 ゲイツ達に向かって怒鳴り声を上げたのは死体回収屋のボルフだ。



 ここは王都近くにあるメナスの森。

 その森の中を疲れた足を引きずりながら進んでいた。



 何故、彼らがそんな場所にいるのか?



 それはボスであるボルフが、突如そこに行くと言い出したからだ。

 強引な雇い主にそう言われては、ゲイツ達も断ることも出来なかった。



 ボルフが言うには、最近アーガイル近辺では魔物の死体が上がりにくくなっているとの事で、実入りの良い王都近郊へ移動することになったのだ。



 こういう事はこの仕事にはよくあるらしく、粗方死体を漁ったら次の場所へ、というのを繰り返すのが通例らしい。



 しかし、この荒れ地で半日もの間、荷車を引かされるとさすがにバテてくる。

 ゲイツは後方で荷車を押すティアナに呼びかける。



「おい、ティアナ……少し回復魔法ヒーリングをかけてくれないか?」

「馬鹿言わないでよ……私だってヘトヘトでそんな余裕無いんだから……」



 そんなふうに言い合っていると、先を行くボルフが足を止めた。



「おい、止まれ」



 彼が何か見つけたようだ。



 森の中に突如、現れた岩山。

 そこが気になるらしい。



 ボルフはそこへ近付くと岩肌を撫で、何かを確認しているようだった。



「こいつは自然に出来たもんじゃないな。こういうのは大体、冒険者がクエストを終えた後に塞いでいったものだ。大方、ゴブリンの巣辺りだろう」



 長年の経験から分かるのだろう。

 そこから金の臭いを嗅ぎ分けたらしい。



 ――こういう所は素直に感心してしまうよな……。



 そう思っていた所にとんでもないことを言われた。



「おい、前ら、ここを掘れ」

「え……」



 ゲイツ達は唖然とした。



 ゴロゴロとした一抱えほどはある岩が、岩山に空いた穴に無数に詰まっているのだ。それを掘れと言う。

 道具も何も無いのにだ。



「早くやれ」

「……」



 ここまで来て彼らに反抗する気力は無かった。



 ゲイツとティアナは協力して岩を運び始める。

 疲れた足腰に岩の重みがズシリとのし掛かる。



 ――何やってるんだろうな……俺達……。



 黙々と岩を運び続けること半日。

 日が暮れる頃には岩山に空いた洞穴を目にすることが出来ていた。



「よし、通れるようになったな。じゃあ早速、中を探るぞ」

「えっ……今から……?」



 よもやそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。



 もう辺りはすっかり宵闇に包まれている。

 しかも、今日は一日中、働き詰めだ。

 さすがにもう休みたい。



「お前は馬鹿か? 今ここで休んだら、財布の口を開けるだけ開けて寝るようなもんだぞ」



 ――他に魔物の死体を漁るような奴はそうそういないと思うけどな……。



 だが、こう暗くなっては魔物が活発化する。外より洞穴の中の方が安全なことは確かだ。

 そうするより他は無い。



 言われるがままに洞穴へと足を踏み入れる。

 そのまましばらく進むと、洞穴の最奥で大量のゴブリンの死体を発見した。



「おおーっ、こいつは大当たりだ。早速、捌いちまおう。お前らもさっさと始めろ」



 ボルフは金塊でも見つけたような瞳で、ゴブリンの死体に取りついた。

 世界広しといえど、魔物の死体に嬉しそうに飛びつくのは彼くらいなものだろう。



 ゲイツ達も、彼に続いて素材の採取を始める。

 その手捌きは、結構慣れたものだ。



 ――なんだか、こういう作業にも慣れてきちまった俺がいる……。案外、この仕事……合ってるのか?



 ゴブリンの死体から金になりそうな素材を取り除いて行く。

 その中で、色々見えてきたものがあった。



 ――どのゴブリンも寸分違わず瞳を射貫かれている。それに……こっちのは同じく眼球に焼き切られたような刃物の痕がある……。どれもこれも鮮やかな仕事だ。さぞかし腕の立つ冒険者が倒したに違いない。



 しかし、そんな高ランクな冒険者がわざわざゴブリンなどを狙うはずもない。恐らく、たまたま巣を見つけてしまったのだろう。



「ねえ、ゲイツ。これ見て」

「なんだ?」



 ティアナに呼ばれて近くに行ってみる。



「このゴブリン、どこにも傷が無いの。でも死んでる」

「凄いな……一体、どうやって倒したんだ?」



 ――こんな綺麗な仕留め方は見たことが無い。胸を押さえ苦悶の表情で死んでいる……。俺の知らないような上位魔法だろうか? 



「それにこれ……」



 ティアナは燭光ライティングの魔法を傍に寄せて、ゴブリンの体を映し出して見せる。

 そこで露わになったゴブリンの肌にゲイツは驚愕した。



「! これは……」



 さっきまで薄暗くてよく分からなかったが、こうして見るとはっきりと分かる。

 ゴブリンの肌が見たことも無い色――黒だったのだ。



「この感じ……前にも見た気がするぞ……」



 ゲイツの脳裏には、あの黒鱗の翼竜ワイバーン黒怒竜ニーズヘッグの姿が浮かんでいた。


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