【2】

第44話 ギルド本部


 黒怒竜ニーズヘッグ討伐の報告と国王への謁見を済ませた俺とアリシアは、ラベリア王国の王都、リターナに滞在していた。



 黒怒竜ニーズヘッグ討伐の報酬として与えられた辺境の領地と爵位。

 特に領地の方は手続きに時間がかかるらしく、それまではこの都を楽しむことにしたのだ。



 王都リターナは、以前、俺が根城にしていたダバンの町とは比べ物にならないほど煌びやかだ。

 人の多さや活気も然る事ながら、目に映るもの全てが新鮮に感じる。



 しかし、それであっても俺の足が最初に向く先は冒険者ギルドだった。

 どんだけそこが好きなんだと自分でも呆れるほどだ。



 けれど、俺の斜め後ろを歩くアリシアは、そんなこと全く気にする様子もなく、ニコニコしながらついてくる。



「ここが王都のギルドか……」



 俺は建物の前で一旦足を止め、見上げる。

 第一印象は〝デカい〟の一言に尽きる。



 さすがは王国中のギルドをまとめる総本部だけあって壮観だ。



「王都のギルドは初めてなのですか?」

「ああ、初めてだ。そもそも王都に来ることが滅多に無いからな」



 王都は幼少期に一度だけ訪れた事がある。

 その時はギルドなんて意識していなかったからな……。



「ともかく、少し覗いてみるか」

「はい」



 入ってみると、中はもっと凄かった。



 冒険者の数が多いことは予想していたが、その多さにもかかわらず整然としていたことに驚いた。



 ダバンやアーガイルのように冒険者が掲示板に群がってひしめき合う姿は無く、皆、個々のテーブルに着き、ギルドの職員からランクに見合った推奨クエストを紹介されている姿が窺えた。



「体系化されてるみたいだな」



 恐らくそれは、豊富にクエストが存在するからこその光景だと思われる。

 さすがは王都といった感じか。



 入口でぼんやりと中の様子を見渡していると、受付嬢の一人が俺達のことを見つけて声をかけてくる。



「お仕事をお探しですか? どうぞ、こちらの席へ」



 亜麻色の髪の毛を後ろに結った、朗らかな笑顔の女性に促される。

 そうやって全ての冒険者に満遍なく対応出来るのも、多くの職員を抱えているからこそのことだろう。



「いや、俺達は……」



 見学しに来ただけだ。

 そう言いかけたが、王都での滞在はまだ少し長引きそうだ。



 何か適当なクエストがあったら、軽い運動がてらに受けてみるのもいいかもしれないな。



 アリシアに目配せすると、彼女も同意の視線を返してくれる。

 なので受付嬢が案内する席へと二人で腰を下ろした。



「わたくし冒険者ギルド本部の受付、ナナイと申します」



 向かい側に座ったナナイはそう挨拶してくる。



「こちらのご利用は初めてですか?」

「ああ、そうだ」



 どの町の冒険者ギルドもギルド協会が提携して運営しているはずだが、王都で利用するのは初めてだ。



「では新しい記録帳をお作りしますね」

「記録帳……?」



 聞くところによると、この本部では冒険者が受注したクエストを全て記録し、その達成度を管理することで次に紹介するクエストの参考にしているそうだ。



 徹底管理されてるといった感じだな……。

 なんだか堅苦しい気もするが、冒険者にとっては危険が少なくなって良いのかもしれない。



 生死のギリギリの狭間を渡るようなハラハラドキドキの冒険がしたいと思うような冒険者にとっては物足りないかもしれないが。



「では、次にランクを確認させて下さいね」



 ナナイはテーブルの上に両手に収まる大きさの水晶玉を置く。

 鑑定魔法のかかった水晶玉だ。



 自分にしか見えないステータスを他者が見えるようにする為のアイテムで、どのギルドでも見られる一般的なもの。



 だが、地方のギルドではあまり使われていないのが実情だ。

 冒険者はランクによって仕事が制限されることを嫌う。だから、いつの間にか自己申請というのがまかり通るようになっていた。



 本来は実力以上のクエストを受けて命を落とすことのないように作られたものだが、これを今も使っているのはこの本部くらいなものだろう。



 その分、クエストの豊富さで補うって感じか?



 という訳で俺は久し振りに鑑定水晶に手を触れることになった。



「はい、ありがとうございます。Fランクですね」



 ナナイは言いながら先ほどの記録帳に何かを書き記している。

 恐らくステータスを書き写しているのだと思う。



 ランクはクエストの達成度と熟練度で自動的に上がって行くのが普通だ。

 俺達は翼竜ワイバーン黒怒竜ニーズヘッグを倒している。

 本来ならランクが上がっていてもおかしくはないはず。



 それが何故、変わっていなのか?



 俺にもその理由は分からない。

 ゲイツ達と共にクエストをこなしていた時から、俺だけが全くランクが上がらなかったのだから、それが今もまだ続いているってことくらいしか言えない。



「それにしても、裁縫……ですか? 珍しいスキルをお持ちですね」

「ああ……まあな」



 言われ慣れているからそれほど気にならないが、毎度返答に困る。



「では、彼女さんもお願いします」

「かっ……彼女さん!?」



 アリシアの前に水晶玉が差し出されると、彼女は顔を真っ赤にして動揺していた。



「いや、彼女はそういうのではないんだ」



 だからといって奴隷とハッキリと言いたくない自分がいるのも確かだったし、他の言い方が思い当たらない。



 強いていうなら……仲間……か?



「……仲間」



 遠ざけていた感覚が言葉になって出ていた。これには自分でも驚いた。



 しかし、当のアリシアはどういう訳だか、頬を膨らませムスッとした顔で俺のことを見ていた。



 ん? どうしたんだ急に……。



 不可思議に思っているとナナイが申し訳なさそうな顔で言ってくる。



「あれ? 違いました? 最近では恋人同士の冒険者や夫婦の冒険者も珍しくないですからね。仲睦まじい雰囲気が出ていたので、てっきりそうかと……。これは大変失礼しました」

「い、い、いえっ……」



 アリシアは狼狽えながら水晶玉に手を載せた。



「はい、Eランクですね。それと風系の魔法と回復魔法が少々……っと」



 ん……? どういうことだ?

 あれだけの活躍をしたというのにアリシアまでランクアップしてないとは……。



 俺と奴隷契約をしている影響なんだろうか?



「では条件に見合うクエストを幾つか見繕ってきますね」



 ナナイはそう言い残すと受付カウンターの奥へと消えて行き、手早く紙束をまとめて戻ってくる。



「お持ちのスキルとルーク様のランクに合わせて、幾つかご用意させて頂きました。こちらなどいかがでしょう?」



 彼女が提示してきたクエストは二十個ほどあった。

 これだけ選び放題なのも珍しい。



 だが見てみると、そのほとんどが雑用の類いで冒険とは懸け離れたものばかりだった。

 あっても他の冒険者パーティの手伝いくらいしかない。



 今は誰かと組む気にはなれないな……。



 そんな中、最後の一枚に目が止まった。



「ゴブリンの巣の殲滅か……」



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