第45話 竜玉


「ゴブリンの巣の殲滅か……」



 その内容は、こう書かれていた。




[ゴブリンの巣の殲滅]


 推奨冒険者ランク:Fランク  依頼パーティ数:1パーティ


 概要:リターナ郊外にあるメナスの森に、ゴブリンが新たに巣づくりを始めているとの情報有り。巣穴には種ゴブリンと護衛のゴブリンが数匹で、まだ小規模の段階。規模が拡大する前に巣ごと殲滅して欲しい。


 達成条件:ゴブリン全滅と巣穴の破壊

 報酬:金貨十枚




 これはなかなか、いいんじゃないか?



 裁縫スキルの使い方にだいぶ慣れてきた俺と、今のアリシアなら余裕でこなせるだろう。

 それなりに歯応えもありそうだし、運動には丁度良い。



「どう思う?」



 アリシアに聞いてみた。



「ルーク様がそれを選ぶのなら、私は従うのみです」

「いや、お前の個人的な意見を聞いている」

「え……個人的な……?」



 思いも寄らない質問だったのか、彼女は焦った様子だった。



「わ……私もそれがいいと思います」

「そうか、じゃあこれをお願いしたいのだが」



 受付嬢のナナイにそう告げる。



「あ、はい。ゴブリンの殲滅ですね。これは、この中で一番、難易度の高いクエストですよ。気をつけて下さいね」



 彼女は心配してくれているようだったが、今の俺達には然程、驚異ではない。

 とはいえ、ゴブリンも侮ると痛い目に遭うこともある。

 気持ちを引き締めて向かいたい。



 そのクエストを受注した俺達は、早速ゴブリン殲滅の為の準備に取りかかることにした。



 翼竜ワイバーン討伐の報酬がたっぷりとあるし、国王からも報奨金を貰った。今度は余裕を持って準備に金をかけられる。

 それだけで精神的にはかなり楽だ。



 そこでギルドを出るなり、アリシアに尋ねた。



「せっかくだから、その装備、もっと良い物に買い換えるか?」

「え……」



 彼女は固まった。



「このままでいいです」

「どうしてだ?」

「だって、これはルーク様が一生懸命、直してくれたり、手作りしてくれたものですから……。他に二つと無いものなんですよ?」



 アリシアは大事な物を抱き締めるように答えた。



 そう言われると、それ以上何も言えなくなってしまう。



 でもゴブリン程度なら、その装備でもまだ充分に役に立ってくれるだろう。

 新しい装備は必要になった時に買えばいいか……。



「なら、剣の方だけでも……」



 俺がそう言うと、彼女は取り上げられると思ったのか不意に剣を守る仕草を見せた。



「勘違いするな」

「え?」

「その剣を手直ししようと思ってな」



 俺は人目に付かない路地裏に入ると、腰にある革ポーチから、ひび割れた竜玉を取り出す。

 それは黒怒竜ニーズヘッグの核となっていたものだ。



「こいつを加工すれば、魔法石として使えるかもしれない」



 言いながら、剣の柄とガードが交わる部分にある窪みを指差した。



「それくらい、いいだろ?」

「はいっ」



 アリシアは笑みを見せた。



 加工は構造解析と改変で出来るはず。

 だが、かなり複雑な構造をしている為、解析に半日くらいはかかりそうだ。



 とりあえず、ガゼフ王が用意してくれた城内の部屋に戻って作業を行おう。

 そう思って、踵を返した時だった。



 シュッ



 という、空気を切り裂くような震動を感じた。

 それを知覚した瞬間、手に持っていた竜玉が飛んで来た何かに弾かれて宙を舞う。



「っ!?」



 弓矢!?



 遠距離から放たれたそれが、竜玉を射貫いたのだ。



 手から離れた竜玉が弾かれた勢いで飛んで行く。

 俺とアリシアはそれを掴み取ろうと手を伸ばした。



 だが、それよりも早く、三つめの手が伸びてきて竜玉をかすめ取る。



「なっ……!?」



 その手は細く小さい手だった。



 いつの間に!?



 俺から竜玉を奪い取った人物は、人混みの中に消えて行く。



 その格好は紺色のフードローブを羽織った小柄な人物で、顔は分からなかったが子供のように見えた。



 ともあれ、アレを奪われるわけにはいかない。



 俺はすぐさま糸を展開した。



 人混みを避けるように数本の糸が飛び、人の足より早く目標に到達する。

 そのまま足下に糸を潜らせ、窃盗犯の足首に絡み付かせる。



 捕縛完了。



 そこで、ちょっとだけ糸を手繰り寄せた。



「うわぁっ!?」



 人混みの遙か先で、悲鳴が上がった。

 恐らく、今の動作で窃盗犯が転んだのだ。



 あとはそこまで行って、犯人を捕まえるだけ。



 俺達は糸を辿るようにして目標に近付く。



 すると、人混みの中に円形の空間が出来上がっていて、何か揉めている声が聞こえてくる。



「てめえ、何しやがんだ! わざとぶつかっておいて、どういう了見だ?」

「ち、違うよ! 勝手に足が動いたんだって!」



 ガッチリとした体格の男に先ほどのフードマントの人物が絡まれている光景が視界に入ってくる。



 恐らく、俺が糸を引っ張った反動で近くにいた男に体当たりをかました形になってしまったのだろう。



 元々は窃盗犯が悪いのだが、この騒ぎの切っ掛けを俺が作ってしまっていることは確かだ。



 少しばかり責任を感じた俺は、人混みを掻き分け彼らの元へと急ぐ。



 そんな時だった。

 男が窃盗犯の襟首を掴んで体ごと持ち上げたのだ。



「ざけんな! もっとマシな嘘を吐けよ!」

「くっ……くるしい……」



 小柄なので簡単に持ち上がったのだろうが、足は地面から完全に浮いている。

 襟首だけで吊っているような感じだ。



 あれでは呼吸が出来ないだろう。

 すぐになんとかしなくては。



 俺が助けに入ろうとしたその刹那、体を揺すられた反動で窃盗犯のフードがはらりとはだけた。



 そこから流れ落ちたのは鮮やかな金髪と長い耳。

 それは明らかに――、



 エルフの少女だった。


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