第41話 瞬刻の運命


 俺達の前から立ち去ったはずのラルクが目の前に立っていた。



 しかも、その右手には血糊のついた剣を手にしている。

 その赤い血はエーリックのものだ。



 黒怒竜ニーズヘッグにとどめを刺そうとした彼をラルクが斬り付けたのだ。



「ぐ……」



 エーリックはなんとか体を起こし、転がるようにしてラルクから距離を取る。



「エーリック! 大丈夫か!?」

「ああ……なんとかな。急所は外れている……」



 彼はそう言うが、その傷ではもう動けないだろう。



 俺は怒りの眼差しをラルクに向けた。



「ラルク! お前……! この期に及んでまだ……」

「くくくく……」



 ラルクは縫い付けられた口の間から不気味な笑い声を漏らす。



 そんな彼は体の前に剣を構える。



 彼の所持武器は全て破壊されてしまったはず。

 恐らく、その剣は黒怒竜ニーズヘッグの攻撃で亡くなった冒険者の物だろう。



 彼は何を思ったのか、その剣を顔の前まで持ってくると、そのまま真横に引いた。



 途端、真っ赤な血飛沫が上がる。



「っ!?」



 自らの唇を切り裂いたのだ。



「ちくひょぉ……いってぇなあ! だが……これでようやく、ひゃべれるぞ……ひはははは……」

「……」



 ラルクは口元から鮮血をダラダラと垂らしながら笑っていた。

 顔の半分が赤く染まっており、最早どこが口なのかすら分からない。



 まさか縫い付けた唇をそれごと切除してしまうなんて……そこまでするとは思ってもみなかった。



「二度目は無いと言ったはずだが?」

「うるせぇっ! 誰がお前の指図になんか従うかよぉっ!」



 喋りにくそうにしながらも息巻く。



「ゲイツとティアナはどうした?」

「ああん? 知るか。あの腰抜け共は今頃、森を彷徨って魔物の餌にでもなってるんじゃないか? ははっ」



 仲間すらも見捨てたか……。

 いや、こいつが見捨てられたのか?



「今更、ここへ何しに来た!」

「ニヴルゲイトの混乱に乗じて、テメェらを皆殺しにするつもりでやってきたのさ」

「……!」



「何しろ相手はドラゴンだ。犠牲者は付きものだろ? 町へ戻ったら皆ドラゴンにやられたと報告すれば何も疑われることはない」

「……」



 どこまでも腐った奴だ……。

 昔から駄目な奴だったが……ここまでとは……。



「だが、予定が変わった」

「?」

「英雄になるのさ」



「英雄……だと?」



 ラルクは自分の血が付いた剣を高く掲げる。

 その切っ先は黒怒竜ニーズヘッグの頭に向いていた。



黒怒竜ニーズヘッグの危機から人々を救った大英雄にだ!」



 ラルクは嬉々とした顔でそう言い放った。



 俺はエーリックに黒怒竜ニーズヘッグの弱点を告げた。

 恐らく彼は、その事を聞いていたのだろう。



「こいつのトドメは俺が刺す! お前はそこで、ちゃんとこいつを押さえておけ!」



 ラルクはそう言い残すと、黒怒竜ニーズヘッグの体に取り付いた。

 そのまま、弱点である竜玉がある額に向かって登り始める。



 だが、俺の影縫いもそろそろ限界が来ていた。



 影に張られていた糸が一本、また一本と切れ始めている。

 その数が減る度に黒怒竜ニーズヘッグは巨体を揺らし、激しく藻掻く。



「ぬわっ!? ちゃんと押さえとけっつったろ!」



 ラルクは勝手な言い分を喚きながら。左右に振り回される。

 しかし、彼の身に起きたのはそれだけではなかった。



「っあ!?」



 黒怒竜ニーズヘッグの長い首が振られると、ラルクの体が吹き飛ばされる。

 そこに追い打ちをかけるように黒怒竜ニーズヘッグの爪が、宙を舞う彼の体を叩き落とした。



「へぶっ!?」



 地面に叩き付けられた彼はぐしゃりと音を立てる。



 それは全身の骨が折れる音。

 内臓も潰れたかもしれない。

 恐らく即死だろう。



 まさに因果応報をそのまま表した形になった。



 だが今は彼に意識を向けている場合ではない。

 影縫いの拘束が完全に解けてしまったのだ。



 既に黒怒竜ニーズヘッグは喉元に光を蓄え始めているのが窺えた。



 ファイアブレスが来る!



 あれを吐かれたら、今度こそお終いだ。

 その前に額の竜玉にトドメを刺さなければ……。



 しかし、そんな余裕は無かった。



 エーリックは負傷していて動けない。

 アリシアは翼竜ワイバーンに掛かり切り。



 俺には一瞬で竜の頭に駆け上がれるような身体能力もなければ、そこを狙い撃ち出来るような魔法も持っていない。



 ん……魔法?



 解呪デスペルを構築したように、他の魔法も構造構築で出来ないだろうか?

 理論的には可能だ。

 だが、どんな魔法?



 遠距離を撃てる攻撃魔法……。

 それでいて俺の少ない魔力で可能な魔法……。

 思い付くのは火炎弾ファイアボールくらいしかない。



 ええい……迷っている暇はない。

 それに賭けるしかないのだ。



 俺は糸の先に魔法を構築し始める。

 しかし、火炎弾ファイアボールなんて使ったことは無いどころか、修得してもいない。



 ただ魔導書の中にあった知識と、構造構築糸の力だけで見様見真似で作り出すのだ。

 だから構築に手間取った。



 駄目だ……時間が掛かりすぎる。



 こうしている間にも黒怒竜ニーズヘッグの喉の奥に高熱が溜まり始めているのが見える。



 もし、火炎弾ファイアボールの生成が間に合ったとしても、威力が足りなくて貫けなかったとしたら?

 加減が分からず的を外してしまったら?

 様々な不安が思考を遅らせる。



 そうこうしている内に黒怒竜ニーズヘッグの大口が裂けんばかりに開かれる。

 離れていても熱風を感じた。



 間に合わない……!



 そう思った直後、まるで光の柱のような熱線が俺目掛けて放たれた。

 辺りの地面を溶かし、高熱の光線が迫る。



 足下からジリジリと焼けて行く感覚を覚えたその刹那だった。



 ドンッ



 という強い衝撃と共に俺の体が突き飛ばされたのだ。

 宙を舞いながら、俺に衝撃を与えた正体に目を向ける。



 それは――アリシアだった。



「あ……」



 そんな自分らしくない声が自然と漏れた瞬間。



 ファイアブレスの目映い光の中に、彼女の姿が消えて行くのを見た。




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