第42話 決着


 突然の事で言葉も出なかった。



 目の前には地割れのように抉られた地面と、そこから燻るように立ち上る煙しかない。



 全てが消し飛んでいたのだ。

 無論、アリシアの姿も無い。



「……っ!」



 俺は奥歯を噛み締め、鋭い視線を黒怒竜ニーズヘッグに向ける。



 奴は喉元に光を溜め、二射目の体勢にかかっていた。



「……やらせるかよっ!」



 彼女が作ってくれた間で、火炎弾ファイアボールの魔法は構築を完了していた。

 後はこいつを奴の弱点である竜玉へ撃ち込むだけだ。

 だが、威力が足りず魔法が通らない可能性がある。



 だったら――。



 俺は糸を黒怒竜ニーズヘッグの体内に巡らせ、内側から額にある竜玉へ到達させる。

 更には竜玉の内部にまで侵入する。



 それはゼロ距離攻撃どころの話ではない。

 心臓部で魔法を破裂させるようなものだ。



「直接、お見舞いしてやる!」



 火炎弾ファイアボールが放たれる感覚を糸の先に感じる。

 途端、黒怒竜ニーズヘッグの額から炎が噴き上がった。



「グギェェェェェェォッ!!」



 奴は空気を震わせるような咆哮を上げ、苦しみ悶える。



 効いてる……!



 黒怒竜ニーズヘッグは狂ったように長い首を振り、自分の頭を地面に打ち付ける。

 辺りの瓦礫を弾き飛ばし、散々苦しんだ末に断末魔の叫びを上げ、力尽きたように倒れた。



 地面に伏した巨体は魔力の根源を失って、瞬く間に炭のように炭化して行く。



 それが黒怒竜ニーズヘッグに勝利した瞬間だった。



「ギギギギギギィッ」

「!?」



 突如、空に獣の鳴き声が響いた。



 大ボスたる黒怒竜ニーズヘッグが倒れたからなのか、飛び回っていた翼竜ワイバーンが逃げ帰るように次々とニヴルゲイトへ吸い込まれて行く。



 全ての翼竜ワイバーンを飲み込むとゲイトは自ら小さく閉じて行き、挙げ句には消えて無くなってしまった。



 これで終わったのか……。



 焦土と化した街並みを見渡しながら感じるのは、安堵よりも虚しさだった。



「アリシア……」



 思わず彼女の名前を呟く。



 彼女は翼竜ワイバーンの囮になりながらも、俺の事を気に掛け――そして、救ってくれた。



 それは彼女が俺の奴隷だったからなのか?

 奴隷じゃなかったら、こんな事にはならなかったのではないか……。



 そんなふうに自身を苛む。



 虚ろな目で先ほどまでニヴルゲイトがあった空を見つめていると、ふと頭の端に引っ掛かるものがある。



 そういえばニヴルゲイトに帰って行った翼竜ワイバーンは、アリシアを追い回していた奴らだ。



 集団で彼女の背後にピタリと付けるように追尾していた。

 だからファイアブレスが放たれた際、彼女共々、一緒に飲み込まれたはずだ。



 なのにもかかわらず、無傷でニヴルゲイトに帰って行った。



 どういうことだ……?



 疑問に思ったと同時に、もしかして……という思いが湧き上がる。

 と、その時だった。



「ルーク様ーっ!」

「!?」



 この声には聞き覚えがある。

 間違えるはずもない。

 アリシアだ。



 声の方に振り向くと、遠くの方からこちらへ走ってくるアリシアの姿が見えた。



「お前……」



 彼女は途中で走るのを止め、翼で飛んだ。

 低空で俺に向かって飛び、そのままの勢いで抱きついてくる。



「ルーク様っ!!」

「……っあ!?」



 彼女の温もりを感じる。

 ちゃんと生きていることを実感する。



「ご無事で何よりです」

「ご無事って……お前の方こそ……」



 言いかけた所で、俺の意識は彼女の背中にある黒い右翼に向いた。



「そうか……そいつで……」



 俺はピンと来た。

 黒怒竜ニーズヘッグのファイアブレスをも凌ぎ切る翼竜ワイバーンの翼。

 恐らく、身を焼かれる直前にそいつを体に巻き付け身を守ったのだろう。



 アリシアは俺の顔色から判断したのか、説明してくれた。



「咄嗟の判断だったのですが、なんとか持ち堪えられて良かったです」

「良かった……って、それが耐熱効果がある翼だと知ってたのか?」



「いいえ」

「……!」



 彼女はケロリとした顔でそう言って退けた。



「じゃあどうして……?」

「何となく……ですかね?」

「……」

「身の回りで一番頑丈そうなものがこの翼だけでしたから、それに賭けてみただけです」



「お前……」



 彼女は屈託無く笑うが、結果的には正解だったから良かったものの間違っていたら死んでいたところだぞ……。



 思わずそんなふうに叱りたい気持ちになったが、本気で命を賭けて救ってくれたのだと思うと、そんな気にはなれなかった。



「やったな……ルーク、アリシア……」



 そう言いながら側に寄ってきたのはエーリックだった。

 傷口のある脇腹を押さえて、よろよろしている。



「おい、動いたら駄目だろ!」

「大丈夫だ……これくらい……うっ!」



 体勢を崩し、地面に膝を突こうとした彼の体を咄嗟に支える。



「ほら、言わんこっちゃない」



 俺はエーリックを地面に下ろすとアリシアに告げる。



「彼に回復魔法ヒーリングをかけられるか?」

「はい、出来ます」



 彼女も戦闘でだいぶ疲弊しているはずだ。

 回復魔法ヒーリングをかける体力的余裕も無いだろう。



 しかし、このまま彼の出血を放っておけば死に繋がる。

 彼女には頑張ってもらうしかない。



「私の魔力では傷口を塞ぐ程度のことしか出来ませんが……」

「ああ、充分だ。とてもありがたい」



 エーリックは青ざめた顔をしながらも、笑みを見せながら礼を言った。



 アリシアの回復魔法ヒーリングでエーリックはなんとか持ち直すことが出来た。

 この場でしばらく休んでいれば、歩けるようにはなるだろう。



 彼の回復を待って、一先ずアーガイルに帰るか。

 それには足が必要だ。



 町の郊外に留め置いた馬車が、残っていればいいが……。

 黒怒竜ニーズヘッグの騒ぎで馬が興奮して逃げ出していなければの話だが……。



 ともかく、この間に確認しておくか。



 そう思って行動に移そうとした時だ。



「うう……」

「?」



 近くから男の呻き声が聞こえてくる。

 エーリックとは別のものだ。



 それが誰の呻きなのかは探らなくてもすぐに分かった。

 俺は地面に伏している男に近付く。



「まさか、まだ息があるとはな……。悪運の強い奴だ……」



 全身の骨が折れ、内臓が損傷しているかもしれないというのに、この生命力……。

 その執念にも似たものはどこからくるのか?



「た……たひゅ……」



 か細い声が血の流れ出る口から漏れ聞こえてくる。



「たひゅ……たひゅけて……くれぇ……」

「……」



 俺は呆れるしかなかった。



「どの口が言う? お前を助ける義理は俺には無いのだが? なあ、ラルク」

「たひゅ……たひゅけて……」



 彼の目には涙すら浮かんでいるように見える。

 だが、こいつはそんな嘘も平気で吐くような男だ。



 このまま放置して行けば、彼は間違い無く死ぬだろう。

 それが彼に与えられた報いだ。



 だが――、



「お前の罪は死なんてもんじゃ軽すぎるな。いいだろう……」



 俺はほくそ笑む。



「アリシア、こいつにも回復魔法ヒーリングをかけてやってくれ」

「えっ……!?」



 彼女はラルクの姿を目にして驚いていたが、命令に従い回復魔法ヒーリングをかける。



 すぐに傷は塞がるが、だからといって動けるような状態ではない。

 彼女の回復魔法ヒーリングでは、それが限度だからだ。



 辛うじて息をしているに過ぎない彼に俺は告げる。



「生き地獄を与えてやる」



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