第29話 影縫いの真価


 翼竜ワイバーンを捕縛する為に放った糸。

 それを己のミスで外してしまった。



 にもかかわらず、目の前の翼竜ワイバーンは地上に足を縫い付けられたかのように全く身動き出来ないでいた。



 翼竜ワイバーンの影に突き刺さった数本の糸。

 恐らく、それが奴の動きを制止させているのだろう。



 以前、影縫いのレベルが上がった際、どこに変化があったのか分からずじまいだったが、その結果がここにきてようやく判明したのだ。



 しかも、たった数本を影に突き刺しただけで、あの巨体を微塵も動けなくしてしまった。

 数十の糸を体全体に絡め、各部を締め上げ、ようやく制止させていた時と比べれば、なんともあっさりとしたものだ。



 これならば、少しの糸で翼竜ワイバーンの動きを止め、残りの糸を全て解析改変に回すことが出来る。



 片手一つで数十体の翼竜ワイバーンを相手にすることが可能だ。



 それだけじゃない。

 影を縫うことが出来るということは、空を飛んでいる翼竜ワイバーンにも通用するということだ。



 糸の届かない高度を飛んでいる個体に対しても、地上に映る影を縫い付ければいい。



 行ける気がしてきた……。



 この場を切り抜けられるかもれない。

 そう感じた俺は、即座に行動に移した。



「今から広域で奴らの動きを止める! 皆、分散して各個体を仕留めてくれ!」



「!?」



 俺がそう叫んだ途端、周囲にいた者達は一瞬、驚いた顔を見せた。

 だがすぐに、やる気に満ちた表情に切り替わる。



「了解した! お前達、準備はいいか!」

「おおーっ!」



 エーリックが声を張り上げると兵士達が呼応する。



「右前方は俺達に任せな!」



 そう言ってきたのは上級パーティである臥竜の団のリーダー、ドミニクだ。



「背後はしっかり守ってやるぜ! 安心しな!」



 後ろで声を上げたのは同じく上級パーティ、赤竜同盟の面々だ。



 心強い言葉を受け、俺の神経が研ぎ澄まされる。

 両腕を胸の前で交差させ、集中して影の位置を探る。



 無用な糸は放ちたくはない。

 一本でも無駄にすれば、それだけ手数が減ることになるからだ。



 一方で、日は沈みかけ、影が薄くなってきている。

 あまり時間的な余裕も無い。



 だから全ての影を把握し、狙いを定める。



「……ここだっ!」



 そう思った瞬間、両腕を大きく伸ばした。



 全方位の向かって一斉に放射される無数の糸。



 その一本一本が確実に翼竜ワイバーンの影を捉え、縫い付けて行く。



「グゴォォ……」



 同時に、そこかしこで翼竜ワイバーンの動きが止まった。

 そして、空からも羽ばたけなくなった個体が落下してきて地響きを立てる。



「おおっ……!」



 冒険者達の間で感嘆の声が漏れる。



 俺は一度に三十体近くの動きを封じることに成功していた。



 しかし、これでまだ終わったわけじゃない。

 残りの糸で翼竜ワイバーン達の体皮の解析改変を行う。



 それも十数秒だ。



 既に冒険者達は格好の獲物とばかりに、動けない翼竜ワイバーンに一斉に群がり始めていた。



 首が狩られると、あちらこちらで勝ちどきの声が聞こえてくる。



「しゃあっ!」

「こっちもやったぞ!」



 このペースで俺は次々に翼竜ワイバーンを捕縛し、刃の通る体皮に改変して行く。



 巨体の屍が地上に折り重なり、辺りが宵闇に包まれた頃――、



 全ての翼竜ワイバーンが駆逐されていた。



「ふぅ……」



 廃墟の町に静けさが取り戻されると、俺は思わず安堵の息を吐いた。



「お疲れ様です、ルーク様」

「ああ、アリシアもな」



 そう言って、彼女の頭をポンと叩いた。

 すると彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。



 パチパチパチ



「?」



 そんな時、拍手をする手が俺達に近付いてきた。

 聖騎士長のエーリックだ。



「いや、見事であった。我々は君達に命を救われた。改めて礼を言うと共に、その活躍と力を称賛させてくれ」



 彼がそう言うと、周囲から拍手が上がり始める。

 いつの間にか冒険者や兵士達が俺達の周りを囲んでいたのだ。



「え……と」

「ルーク様……これって……」



 俺とアリシアは、これまでの人生でこれほどまでに誰かから称えられたことはなかったので、二人揃ってどう反応したらいいのか戸惑ってしまった。



 周りを見渡すと上級パーティの人達まで俺達のことを褒め称えてくれていた。



 そんな彼らの合間にふと目が行く。

 俺達の事を遠目で伺う者がいたのだ。



 それはラルク達だった。



 彼らは俺に向かって、あからさまな妬みの視線を送ってきていた。




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