第28話 反撃


「おい……誰だあいつは?」

「あんな冒険者、上級パーティにいたか?」

「つーか……あの翼竜ワイバーンを一撃で倒しちまったぞ……」



 そこかしこから、そんな声が上がる。

 上級パーティでも歯が立たなかった翼竜ワイバーンを、名も知れぬ俺達がいとも簡単に倒してしまったからだ。



 かなり目立ってしまっているが、状況的に仕方が無い。



 それにしても、自分でも驚くくらい手際良く翼竜ワイバーンが処理出来た。

 これも解析と改変のスピードがアップしたお陰だろう。



 糸の強度についてもそうだ。

 以前よりも強固に対象を捕縛出来ている。



 さすがに永続的に取り押さえることは難しいが、一瞬で切られるということは無いだろう。



 それにアリシアの存在も大きい。

 両翼が揃った事で素早い身のこなしを実現出来ているし、修理した剣も調子が良いようだ。



 この糸の強度と解析改変スピード――そしてアリシアがいれば、この場をなんとか持ち堪えられるかもしれない。



「とにかく、すげーぞアイツ。拘束バインドの魔法だと思うが、あれだけの巨体を制止させるなんて並大抵の魔力じゃない」

「ああ、それにあっちの娘は翼人じゃないか?」

「あの稀少種族のか! 片翼が変な形をしているが……あの翼竜ワイバーンを一刀両断しちまったんだ、翼人並の力があることは確かだな!」



 勝手な憶測が周りで行われていた。

 そんな時、



「ちっ……」



 それに混じって、舌打ちの音が聞こえてくる。

 その主はラルクだった。



 俺が目を向けると、彼は苛ついた態度を見せる。



「てめえ……ふざけやがって……今まで拘束バインドの魔法が使えるのを隠してやがったな?」

「……」



 こいつまで勘違いしてるのか……。



 俺は呆れた態度を見せる。



「知ってるだろ、俺は拘束バインドなんか使えねーよ。今のは裁縫スキルだ」

「さ……裁縫だと!?」



 ラルクは信じられないといった表情を見せる。

 そしてその顔はすぐに怒りに染まる。



「馬鹿にしてんのか!? あんな糸屑で翼竜ワイバーンを制止出来るわけねえだろ! それに俺には今、糸なんて見えてなかったぜ? 嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐けよ」

「……」



 そうか……彼には俺の糸が見えていない。

 ここにいる冒険者達や兵士達にもだ。



 だから彼らには俺が見えない力で翼竜ワイバーンを押さえ付けたようにしか見えなかったのだ。



 やはり、この影縫いのスキルはアリシアにしか認識出来ないらしい。

 何故、そんな現象が起きているのか?

 理由として考えられるのは俺と彼女が奴隷契約を結んでいる事。

 それが可能性としては高いだろう。



「にしても、いい物を拾ったな」

「?」



 ラルクが嫌みったらしく言ってくる。



「その翼人だよ。お前が何をやろうが、全てそいつのお陰だってことを忘れない方がいいぜ」

「……」



 相変わらず口の悪い奴だ。

 だが今は、こいつの相手をしている場合じゃない。



 俺が一体の翼竜ワイバーンを倒したことで、奴らは激昂したように暴れ狂い始めたのだ。



 そんな時、俺の側に駆け寄って来る者がいる。

 白銀の鎧を身に纏った聖騎士、エーリックだ。



「すまない、その腕を見込んで頼む。君達を中心にして、この場を切り抜けたい」



 さすがは聖騎士をまとめる長だ。

 やはり状況をしっかりと認識出来ているものは違う。

 その言葉だけで彼が何をしたいのか、すぐに理解出来た。



 これには俺も「分かった」と返すだけだった。



「君達の名は?」

「俺はルーク。こっちはアリシアだ」



 手短に伝えると、エーリックは周囲に向かって轟くような大声で叫ぶ。



「皆、聞け! ここにいるルークとアリシアが先陣を切る! 彼らが翼竜ワイバーンの動きを止めている間に一斉に畳み掛けるのだ! 一匹たりとも奴らをこの町から逃すな!」



 これに王国兵士達は呼応し、雄叫びを上げる。

 冒険者達もその勢いに加勢して叫んだ。



「休憩はもうちょっと先になりそうだ。行けるか?」

「問題ありません」



 アリシアはやる気に満ちた笑みを見せた。



「行くぞ」

「はいっ」



 俺達は翼竜ワイバーンの大群に向かって走り出した。

 右手は頭上から迫る一体に向かって放糸キャストし、左手は地上から迫ってくる一体に向けて放つ。



 二体の翼竜ワイバーンが硬直して地面に転がると、一体はアリシアが仕留め、もう一体には冒険者達が群がる。



「首元を斬れ!」



 俺は冒険者達に向かって叫ぶ。

 構造を改変した今なら、彼らの剣でも容易に首を落とせるからだ。



 案の定、冒険者達の剣は翼竜ワイバーンを屠った。



 そのまま俺はひたすら放糸キャスト、捕縛、解析、改変を繰り返し、翼竜ワイバーンを仕留めていく。



 だが、今の俺では一度に動きを止められるのは二体がいいところ。

 上空を獲物を探しながら飛び回っている無数の翼竜ワイバーンが視界に入ると、途端に焦りが出てくる。



 このままのペースでは、とても捌ききれない。

 今でも放糸キャストが追いつかず、ギリギリの戦いを強いられている。

 しかも、遙か上空を飛ぶ個体には、糸が届かない。



 いずれは数で押され、皆食い殺されてしまうのが目に見えている。



 圧倒的に足りない糸の数。

 そして、長さ。



 どうすれば……。



 焦燥と思考――そして連続しての解析、改変から疲労が蓄積し、集中力が切れかかっていた。



 そんな時、正面から迫ってきた翼竜ワイバーンに対して放った数本の糸が、軌道を逸れ、地面に突き刺さってしまった。



「しまった……!」



 残りの糸が翼竜ワイバーンの足に絡みつくも、制止させられるだけの量が足りない。



 慌てて、地面に刺さった糸を引き抜こうとした時だった。



「グゴォ……」



 突然、翼竜ワイバーンの体が急停止した。

 それはまるで、見えない何かに縫い付けられたような感じだった。



「どうしたっていうんだ……?」



 俺はまだ何もしていない。

 なのにも関わらず、糸で捕縛した時のように動けないでいる。



「……」



 ふと、俺の視線は地面に突き刺さったままの糸に向けられた。



 そこには夕日に照らされ、長く伸びた翼竜ワイバーンの影がある。



「もしかして……」



 影を縫い付けたのか!?


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