第27話 壊滅


 冒険者達は破壊し尽くされたカダスの町を見つめながら呆然としていた。



 建物という建物は全て崩れていて、まともに建っているものはない。

 ある程度大きな町であるにもかかわらず、人の気配も感じられず、不気味な静けさが漂っている。



 夕焼けの紅い空が辺りを照らし、まるで業火に包まれた町のようにも見える。

 それぐらい酷い有様だった。



「これは、まさか……」



 聖騎士長のエーリックが、この場にいる誰もが思っていることを口にする。



 十中八九、こいつは翼竜ワイバーンの仕業だ。



 建物が屋根の上から押し潰されたようになっているのは、鋭い爪の生えた翼竜ワイバーンの足によるもの。



 この度の翼竜ワイバーンは人を喰らう、というのが正しい情報なら町にひと気が無いのも納得出来る。

 そう、全て喰われてしまったのだ。



「もう……この町まで到達してしまったというのか……」



 エーリックは悔やんでいるようだった。

 自分自身の予測が甘かったということを。



 翼竜ワイバーンは、当たり前だが翼を持つ魔物だ。

 それだけ移動速度も速い。

 勿論、彼はそのことも計算に入れていたはずだ。



 にも関わらず、この凄惨な有様。

 それに愕然としていた。



「おい……ってことは、その翼竜ワイバーンはどこへ行ったんだ!?」



 冒険者の誰かがそんな事を口にする。



 その言葉がこの場にいた全員の不安を煽った――その直後だった。



「キィィェエエグォォォォッ」



 鼓膜を劈くような咆哮が頭上に響いた。



「上かっ!?」



 エーリックが叫ぶ。



 冒険者達もほぼ同時に反応して上空を見上げた。



「な……」



 そこにある光景を目にした途端、皆、声も出ず立ち尽くしてしまう。



 なぜなら無数の翼竜ワイバーンが円を描くように、冒険者達の上空を旋回していたからだ。



「いつの間に……」



 その数、百はくだらない。



 Aランク冒険者三人で、普通の翼竜ワイバーン、一体を屠るのがやっとというレベルなのだ。

 それが百ともなれば、圧倒されるのも必然だった。



「なんだ……あれが全部、翼竜ワイバーンだってのか……」

「嘘だろ……大群とは聞いてたが、あんな数だなんて……」



 俺達の側にいた冒険者達が怖じ気づいたような台詞を漏らす。



 さすがにこれはヤバいな……。



 俺も危機感を覚えた。

 だが、それはここにいる冒険者達のそれとは少し違う。



 あれは確かに俺達が倒した翼竜ワイバーンと同種のものだ。

 黒い鱗がそれを物語っている。



 ということは普通の翼竜ワイバーンとは訳が違うということだ。

 あの強固な鱗は普通の剣では断ち切れない。

 それが分かっているからこそ、この数を相手にするのは危険だと感じた。



 大群といっても十や二十だと聞いていたからな……。

 それならまだ、なんとかなると思っていた。



 だが、この数はさすがに上級パーティが五組いても厳しいかもしれない……。



 焦りを覚えた矢先だった。



「ふん、あの程度の数、たかが知れている。あんなもの俺達で蹴散らしてやろうぜ!」



 そう声を上げたのは蒼の幻狼の一人――ラルクだった。



「ああ、これは俺達、蒼の幻狼の名を上げる絶好の機会だからな」



 彼の横にいたゲイツが呼応する。



 この名乗りを聞いていた他の冒険者達は、萎縮していた心が一気に高揚に転換したようだった。



「おお、さすがは上級パーティ! 俺達も加勢するぜぇっ!」

「頼もしいじゃねえか! やってやろうぜ!」



 B、Cランクの冒険者達に火がつき始めると、他の上級パーティも負けじと前面に立つ。



「ティアナ、何かあったら回復を頼む」

「ええ、分かったわ」



「ラルク行くぞ」

「おうよ」



 ゲイツがリーダーらしく指示を出すと、彼らのパーティは動き出した。



 翼竜ワイバーンも獲物が飛び出したとばかりに急降下を開始する。



 俺の記憶では、確かに彼らは過去に翼竜ワイバーンを一度だけ狩ったことがある。

 だからこそ自信があるのだろう。



 だが、あれは……。



 直後、急降下してきた鋭い爪が、ゲイツをかすめる。

 彼は持ち前の身軽さで攻撃をかわし、そのまま翼竜ワイバーンの体を駆け上がる。



 そこはさすがAランク冒険者らしい身のこなしだ。



 彼はそのまま奴の長い首を目掛けて剣を振り下ろす。

 刹那――、



 ガキィィィンッ



 激しい金属音がして、宙を銀色の破片が舞った。

 ゲイツの剣が根元から折れたのだ。



「なっ……!?」



 弾けた剣先は地面に突き刺さる。

 彼自身も何が起きたか、まだ認識出来ていないようだった。



 翼竜ワイバーンに振り落とされ、無様に地面へ転がる。



「ぐわっ……」

「ちっ、何やってんだよ! ここは俺が!」



 ラルクは泥だらけのゲイツに舌打ちすると、入れ替わるように自慢の長槍を翼竜ワイバーンの下顎に突き刺した。

 途端――、



 バキィィィンッ



 高い破砕音がして、槍先がまるでガラスのように無残に砕け散った。



「な……なにっ!?」



 ラルクは先の無い槍の姿に瞠目しながらも、慌てて飛び退いた。



「こんなの……翼竜ワイバーンの硬さじゃねえぞ……」



 俺は何度も彼らの武器を直してきたから分かる。

 彼らの持っている武器はそこまで悪いものではない。

 いや、寧ろ質の良い部類に入るものだ。



 それを持ってしても断ち切れない翼竜ワイバーンの鱗。

 そこには強度を高める為の魔力が、網の目のように流れていることを俺は知っている。

 あれを無効化しない限り、普通の剣は通らないだろう。



 それどころかAランク級の彼らの力で無理に押し切れば、剣の方が限界を超えてしまう。



「おいっ……! ルー……っ!」



 そこでラルクが一瞬、俺の方を見たような気がした。

 しかも、何か言いかけたようだが、すぐに口を噤んでしまった。



 恐らく、いつもの癖で俺に「武器を直せ」と言いそうになったのだろう。

 だが、プライドの高い彼はそれが出来なかった。



「きゃあっ!」



 そんな最中、ティアナの悲鳴が上がる。

 別の翼竜ワイバーンが彼女を襲ったのだ。



 特段、攻撃魔法を持たない彼女は、ゲイツ達が守らなければ無防備に等しい。



「ティアナ!」



 爪で掴み上げられそうになった所をなんとかギリギリでゲイツが救う。

 武器を失った彼らは彼女を守りながら防戦に専念するしかなくなっていた。



 苦しい状態なのは彼らだけではない。

 他の上級パーティの面々も同様に苦戦していた。

 強力な魔法も弾き返されただけでなく、ファイアブレスで焼かれた者もいる。



 エーリック率いる王国の兵士達も果敢に立ち向かったが、まるで埃を払うように翼竜ワイバーンの翼で吹き飛ばされていた。



 地面に転がった兵士を別の翼竜ワイバーンの牙が捕まえる。



「ひっ……!? ひぃぃぃっ!! や、やめてくれぇぇ、ぐぉわぁ……」



 兵士は引き攣った悲鳴を上げるも、足から骨ごと噛み砕かれ、食われてしまった。



 それを見せられた冒険者達に、この状況が絶望的であると伝染するのには、そう時間はかからなかった。



「う……うわぁぁぁぁぁっ!!」



 彼らは一斉に恐怖に支配された。



 無理だ。死ぬ。



 それらが皆を逃走に掻き立てる。



 だが、翼竜ワイバーンの機動力と、この数では、人間の足で頑張ったところで逃げ延びることなど不可能だ。



 どちらにせよ、絶望的な状況は変わらない。



 ここは……俺がやってみるか……。



 奴の倒し方は既に分かっている。

 だが問題は相手の数だ。



 ここまでの数を全て解析しながら立ち回るのは至難の業。

 果たして俺に出来るのか、どうか……。



 しかし、何もしなければ全滅だ。

 選択の余地など端からない。



 俺はアリシアを一瞥した。

 すると彼女も同じ事を思っていたようで、視線で返してくれた。



「よし……やるか」

「はい!」



 俺は向かってきた一体に対して糸を放出した。



 無数の糸が巨体に巻き付くと、翼竜ワイバーンが彫像になってしまったかのように動きを止める。



「アリシア!」

「はいっ!」



 俺の叫びに呼応して、アリシアが羽ばたく。

 そのまま疾風の如き速さで翼竜ワイバーンの首に斬り付ける。



 ドサッ



 次の瞬間、翼竜ワイバーンの首が地面に転がっていた。



 これに冒険者達は敏感に反応した。

 驚愕の目で俺達のことを見てきている。



「な……なんだと!?」



 それは無論、ラルク達も同様だった。


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