第26話 出発
俺とアリシアはアーガイルの町の北門に来ていた。
既に周囲には多くの冒険者で溢れ返っている。
この場所から王国とギルドが用意してくれた馬車に乗り、カダスを目指すことになる。
馬車は御者まで用意してくれているようで、冒険者達に戦闘以外で負担が無いよう計らわれていた。
荷台には充分な量の食料も積まれており、至れり尽くせりといった感じだ。
ただ、それらの馬車は皆、乗り合いとなる。
効率良く、冒険者を運ぶ為だ。
しかし、俺達は途中で
乗り合い馬車だと、途中下車した時点で不審に思われるのは必然だ。
そこで俺達は個人的に小さな馬車を借りることにした。
勿論、借り賃は自腹であるし、御者など当然いない。
自分自身で馬を操るのだ。
多少の金はかかるが、それなら自分達の都合で動けるし、何より気楽でいい。
冒険者達を乗せた馬車が次々に出発して行く中で、俺達はその合間にひっそりと自分達の馬車を合流させ、カダスへの道のりを走り始めた。
「すみません、ルーク様に手綱お願いすることになってしまって……」
荷台の方からアリシアが申し訳なさそうに言ってくる。
御者台に座る俺は、背中で返す。
「気にするな、慣れている。それに馬を扱ったことのない奴に任せられないだろ」
「はい……」
「……」
背中越しに、なんだか微妙な空気を感じる。
昨晩は、あんな事があったのだ。もっと気の利いた台詞で返せばいいものを俺という奴は……。
だが、考えてもどう返したらいいのか分からないのだから仕方が無い。
困ったものだ……。
それだけの冊数があるのだから、それぐらいあってもいいだろ。
「それにしても、馬車って気持ちが良いものですね。風を感じられる」
背中越しに朗らかな声が聞こえてくる。
少しは気持ちが楽になったのだろうか? その声には昨夜のような鬱屈としたものを感じない。
「風? お前は空を飛べるのだから、そっちの方が風を感じられるだろ」
「それもいいんですが、種類が違うんです」
「種類?」
「ええ、空を飛ぶ方はビュビューンって感じで、こっちのは穏やかで心地の良い、そよそよした感じなんです。どっちも気持ち良いですよ」
「そ、そうか……」
空を飛ぶ感覚は俺には一生分からないと思う。
馬車で感じるそよ風は……まあ、なんとなく分かる。
例えば今も風に乗って運ばれてくる草の匂いが心地良い。
幸せとは、そんな何気ないことなのだろう。
そのまま街道に馬車を走らせること数時間。
ようやく俺達が先日、
街道の前後を確認すると、他の馬車の姿は見えない。
どうやら結構な距離があいているようだ。
物事を密かに実行するには都合が良い。
俺達は近くにあった岩陰に馬車を止めて、徒歩で草原に入る。
場所は一度来ているから大体分かる。
腐りかけた
すると、間も無くして
骸はあの時の形で残っていた。
やや腐敗が進み、異臭と羽虫が飛び交っていたが、姿は変わりない。
獣とかに食われて跡形も無くなっていたらどうしようかと思ったが、運が良い。
まあ、それでも骨くらいは残るだろうが。
俺は切り落とされた首に近付き、口の中に並ぶ鋭い牙に目を付ける。
証拠品になりそうなのは、左右に二本ある犬歯だ。
その犬歯は毒牙と呼ばれるもので、竜族ならば共通して生えている。
牙の中心に管のような穴があいているのが特徴だ。
蛇の毒牙に似ているといえば想像し易いだろう。
その穴は口腔内にある毒液袋から可燃性の液を放出する為のもので、火打ち石のような役目を果たしている下顎の牙を打ち鳴らすことで毒液に着火する。
ドラゴン特有のファイアブレスを吐く原理がそれだ。
口内に同じ形の牙は他に無い。
左右が対になっているので、それを切り取るだけで証拠になるだろう。
俺は糸を伸ばすと、毒牙に絡み付かせる。
すると、すぐに糸が牙のエナメル質の中へ溶けるように浸透して行く。
途端、草花の新芽を刈り取るような柔らかさで、牙がポロッと地面に零れ落ちた。
そいつをすかさず拾うと――、
「わあ、やりましたね!」
「ああ、これで一安心だな」
アリシアが小さく手を叩いて、賞賛してくれた。
何かくすぐったいような気分がするが、共に喜んでくれる者がいることに心地良さを感じる。
前のパーティにいた時には感じられなかった感覚だ。
それはともかくとして――、
金貨百枚分の価値がある牙だ。
ぞんざいには扱えない。
俺は宝石でも触るような手付きで牙を革袋に入れ、更に腰にあるポーチへとしまう。
「よし、これで回収完了だ。街道に戻ろう」
「はい」
最初の目的を終えた俺達は、素早い足取りで元の街道へと戻る。
自分の馬車に辿り着いた時には、最後尾と思われる冒険者を乗せた馬車が通り過ぎた所だった。
丁度良いタイミングで後ろに付き、程良い距離をあけて追う。
後はこのままカダスまで走らせるだけだ。
このペースで行けば日が沈むまでには到着出来るだろう。
カダスの町に着いたら、そこで一泊し、翌日には
それが昨晩の説明会で言い渡された計画だ。
取り敢えず、カダスの町が一息入れられる最後の場所になる。
そこまでは、ゆるりと行こう。
俺は手綱を握り、珍しく風を感じていた。
◇
――時は夕刻。
まだ紅の色が空を染めている頃。
俺達の馬車が進む先にカダスの町が見えてきた。
既に約五百名余りの冒険者達と、百名近い王国兵士を乗せた馬車が町の入口に停車している姿が窺える。
「思った通り、俺達が最後のようだな」
「ええ」
アリシアとそんな会話を交わしながら、彼らの後方に馬車を止めた。
すると、その場にいる冒険者達の様子がおかしいことに気がつく。
皆、町の方角に目を向けたまま動きを止め、呆然としているのだ。
「なんだ?」
何かが変だと悟った俺達は馬車を降り、冒険者達の合間を縫って最前列まで抜ける。
――と、そこにあった光景に俺とアリシアは絶句した。
「え……」
「これは……」
そこで二人の瞳に飛び込んできたのは、破壊し尽くされ廃墟と化した――、
カダスの町だった。
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