第23話 裁縫の常
中古武器屋でジャンク品の装備を一式購入した俺達は、とある宿屋の一室にいた。
必要な物をかなり安く手に入れることが出来たので、宿に泊まる余裕が出来たのだ。
宿に来た理由はそれだけじゃない。
明日は
その為にしっかりと体を休ませておかなければ……と思ったからだ。
とは言っても、安宿なので部屋はかなりのオンボロ。
ベッドは硬いし、隙間風も酷い。
勿論、二室借りる金は無いのでアリシアと同室。
だが、その事を彼女は特に気にする様子も無かった。
寧ろ、この状況を楽しんでいるようにも見える。
何にせよ、地べたで寝る野宿よりはかなりマシだった。
「私、こういう宿に泊まるの初めてなんです。すごくワクワクします」
「そうか……」
特に部屋の中で見るべき物は無いのだが、アリシアは室内を物珍しそうに見て回っている。
そんな彼女を横目に、俺は購入してきた装備品の修理を始めることにした。
今晩は町の広場で
それまでには装備品の修理と準備を終えたい。
俺はベッドの上に剣と防具類を並べる。
すると、それを見ていたアリシアが口を開く。
「あの……私に何か手伝えるものはありませんか?」
「うーん……手伝いか……」
修理は全て裁縫スキルで完了してしまう。
特に彼女に頼めるようなものは無いのだが……。
「私の装備品なのに……ルーク様だけにお手間を取らせてしまうのは……」
「分かった。じゃあ、先にこっちからやっていこう」
俺はマントの束をベッドの上に置いた。
「それは……あの時の?」
中古武器屋でタダで貰ってきた穴のあいたマントだ。
そのままでは何の役にも立たないボロ布。
アリシアは、さすがにそれだけでは何に使うのか分からないようだ。
「これでお前の服を作る」
「え……この布で……ルーク様が??」
彼女は目を丸くした。
「穴を避けて使えば充分な素材になるだろ?」
「ですが……そういったものは仕立屋さんに布を持ち込んだりして作ってもらうものではないのですか?」
俺は小さく笑った。
「俺の裁縫スキルは元々、布や装備を縫う為のもの。服を作ることなど、
「あ……」
どうやら理解出来たようだ。
裁縫は得意だが、仕立屋として生きて行こうと考えたことはない。
心はいつも冒険者を求めているからだ。
とはいえ、こういう時にせっかくの能力を活用しない手は無い。
彼女には、そろそろ真っ当な服を用意してやりたいと思っていた。
そんな時にタイミング良く、このマントが目に付いたというわけだ。
「それで、手伝いというほどの事じゃないが、服を作って行くにあたり、アリシアの体のサイズを測らせて欲しい」
「えっ!?」
それを耳にした途端、彼女は急に体を隠すような仕草を見せ、頬を赤らめた。
「何かマズかったか……?」
「い、いえっ! そんなことは……。ただ急に言われたので心の準備が……」
そう言うと彼女はスッと俺の前に出てきて、真っ直ぐに立つ。
だが羞恥心があるのか、その顔は少し火照っていた。
「ど、どうぞ……」
「うむ……」
そんな反応をされると、こちらも変に緊張してしまう。
しかし、こんな事で時間を取っている場合じゃない。
俺は早速、魔法の糸を放出させる。
それを彼女の周囲に張り巡らせ、体全体に巻き付けるようにしてサイズを測って行く。
その様子をアリシアはぽかんと見守っていた。
「よし、測り終えたぞ」
「え、もう……ですか?」
糸が巻き取られると同時に呆然とした表情を見せる。
一旦、糸を巻き付ければ、ほぼ正確に大きさを把握出来る。
これはこれまでの経験があるからこそ出来る技だ。
「では、早速作って行くが、好みの服装とかはあるか?」
「好み……ですか。うーん……」
だいぶ悩んでいるようだった。
「すみません……私、そういうことをずっと考えたことが無くて……すぐには思い付かないです」
そういえば彼女は奴隷商の檻の中で世間から隔絶された生活を送ってきていた。
いつから囚われていたのかは分からないが、希望の無い時間を過ごしてきたのだろうという事はある程度想像出来る。
「ただ……」
「ただ?」
「ギルドで見かけた女剣士さんの服装が可愛くて、格好いいなあ……とは思いました」
その女剣士というのを俺が把握していないので、それがどんな服装か分からない。
ただ、剣士の服装というのは大体決まったものであるし、最近、女性剣士の間で流行っている服装というのもなんとなく分かる。
後は可愛くて、格好いいという抽象的なキーワードだけだ。
その辺を鑑みて、取り敢えず作ってみるか……。
気に入るかどうかは分からないが。
「とにかくやってみる」
「はい」
俺は再び魔法の糸を放出させる。
糸はマントの束に絡み付くと、布地を広げ、裁断を始める。
瞬く間に型紙無しで複数の服のパーツが出来上がる。
それらを重ね合わせ、縫製を開始。
上着、スカート、ソックスなど、出来上がった服がベッドの上に次々に広げられて行く。
町の仕立屋では、こうも早くは出来ないだろう。
依頼した所で仕上がりは一週間後が関の山だ。
そこを俺は一時間も掛からずに作業を終わらせていた。
そこまでやると、体が温まってきたというか、なんだか調子が出てきてしまい、そのままの勢いで防具の修復にも手を出す。
ほとんどが金具の緩みや、破損なので、それらを縫い合わせてガタつきを無くすことが主体になってくる。
だから、作業自体はそれほど難しくなく、一から作り出す服よりは簡単に出来た。
「最後に翼を通す部分に穴をあけないとな」
出来上がった
服の方も同様にだ。
それで全ての服と装備が完成した。
「わあ……」
ベッドの上に並べられたそれを見て、アリシアは瞠目していた。
「まるで魔法みたいですね……」
感心したような溜息が漏れる。
「着てみてはどうだ?」
「いいんですか?」
「お前のものだからな」
「はい……!」
彼女がゴソゴソとやり始めたので、俺はなんとなく背中を向けた。
数分後――。
「出来ました」
言われて振り返ると、そこには少しばかり、か弱さの残る女剣士が立っていた。
アリシアの翼をイメージした全体的に白を基調とした服装。
シンプルなデザインで精悍な印象を与えながらも、所々に縁飾りをあしらい可愛らしさを演出。
それらが身に付けた防具や彼女の銀髪と一体になり、綺麗にまとまっている。
「あの……どうですか?」
俺が見蕩れていると、彼女が照れ臭そうにしながら聞いてくる。
そんなアリシアに向かって、俺は自然と、こう口にしていた。
「ああ……良く似合ってる」
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