第18話 静かなる成長


「ルーク様っ! 見て下さい! こんなに高く飛べますよ!」



 アリシアはまるで無邪気な子供のように喜びを露わにして夜空を飛んでいた。



 星々の合間に弧を描き、純白と漆黒の翼が羽ばたいている。



 時に滑空し、時に急上昇や急降下をしてみたりと、術後すぐでまだ慣れていないにも拘わらず自在に翼を使いこなしているようだった。



 結構な高度まで飛べるようだし、飛行速度もかなりのもの。

 これは今後の冒険に大いに役立ってくれることだろう。



 それと、アリシア自身のことだが……。



 自らの翼で飛べたことへの嬉しさの現れか、彼女の表情がだいぶ明るくなったように見える。

 薄暗く冷たい檻の中に居た頃の彼女からは考えられない表情だ。



「すごい……空を飛ぶ時の風って、こんなに気持ち良いんですね」



 風を切って飛ぶ彼女は、非常に清々しい顔でそう言った。



 しかし、喜んでいる所に水を差すようで悪いが、術後間も無いのであまり無理はさせたくはない。きちんと縫合したとはいえ、何か不調が出ては元も子もないからだ。



 それに辺りはもう暗い。

 テスト飛行をしている時分でもないだろう。



「今日はそれくらいにして、また明日、明るいうちに頼む」

「あ……はい」



 頭上に向かってそう言うと、彼女は素早く旋回し、俺の目の前に着地した。



「さすがに今からアーガイルに戻るとなると夜通しになってしまう。だからと言って、こんな平原の真ん中でキャンプを張るのは危険だ。街道に戻って、今晩はそこで野宿にしよう」

「分かりました!」

「……」



 相変わらずの野宿生活だというのに彼女はやけに嬉しそうだった。

 それがまるで苦ではないといった様子。



「明日は今日狩った人食い花マンイーターの報酬を貰いに行かなければならない。早朝に出発するから、そのつもりでいてくれ」

「はい!」



 元気良く返事をしたアリシアと共に街道へと戻る。

 そこで開けた場所にある樹木を見つけ、その側に昨晩と同じように布でテントを張った。



 そして手頃な枯れ木を集めると、持っていた火打ち石で火を点け、焚き火を作る。

 こんな時、毎度のように思うことがある。

 火系の魔法が使えたらさぞかし便利だろうと。



 考えても無意味なのに何故かいつもそう思う。

 どこか魔法に対しての憧れのようなものが潜在意識としてあるのだろうか?



 それはさておき――、



 俺は焚き火の前に座ると、リュックの中から赤く熟れた実を取り出し、アリシアに向かって投げ渡す。



「わわっ!? な、なんですか……これ?」



 彼女は不意のことに慌てながらも、そいつをなんとかキャッチする。



「アグルの実だ。知らないのか?」



 アグルの実は片手に収まるほどの大きさの果実だ。

 野生で手に入るありふれた果物で、甘く酸味がある果肉とサクッとした食感が特徴。



「それは……知っていますが……これはどういう……?」

「今日の晩飯だ。どのみち今晩もまともな食事は取れないと思っていたからな。道すがら自生していたものを拝借しておいたんだ」



 すると彼女は一瞬だけ目を丸くするも、すぐに笑み見せる。



「わあ、いただきます!」



 それ一個では到底、腹の足しにはならない量だ。

 しかしアリシアは、そんな粗末な晩飯でも嬉しそうに齧り付いた。



 側に座って、小さな口で少しずつ大事そうに食べる。

 そんな彼女に向かって俺は告げた。



「それを食い終わったら先に寝ていろ」

「あの……ルーク様は?」



 きょとんとした目で見返される。



「俺は火の番をしている」

「え……それなら私が」

「いいから寝ていろ。翼を移植したばかりなんだからな」



「駄目ですよ。ルーク様だってお怪我をなされたのですから、お休みにならないと」

「俺はこういうことには慣れている」

「ではせめて、私もご一緒に」

「……」



 しつこく食い下がってくる。

 これで本当に奴隷契約が成されているのだろうかと気になってしまう。

 だが、俺のことを気遣ってくれていることは分かる。



 俺は溜息混じりに言う。



「好きにしろ」

「はい」



 それで彼女は安心したように再びアグルの実に齧り付いた。

 俺はそんなアリシアのことを側に感じながら明日のことを考える。



 今回のクエスト報酬で彼女の装備を整えてやらないといけないな。

 貸した防具では大きさが合わないし、いつまでも奴隷服というわけにもいかないだろうから。



 これはまた、しばらく野宿生活が続きそうだな……。



 そんなふうに心に内で嘆いていると、不意に頭の中でピピッという通知音が鳴り響いた。



 この音は自分の中にある魔力が呼応して起こる現象で、ステータスの変化を知らせる音でもあった。



 こんな時に何だ……?



 不審に思いながらもステータスウインドウを開く。

 すると――。




〈ステータス〉

[名前]ルーク・ハインダー

[冒険者ランク]F

[アクティブスキル]

 裁縫 Lv.10(強度+1)

 構造解析糸 Lv.2

 構造改変糸 Lv.2

[パッシブスキル]

 影縫い Lv.2




「……!」



 スキルレベルが上がってるじゃないか……。



 魔導人形グリモワドールに接触したことで増えたスキルが軒並みレベルアップしている。

 しかも、以前からある裁縫スキルには新たな項目、〝強度〟が追加されていた。



 スキルは使えば使うほど熟練値が貯まりレベルが上がって行くが、こんなにも早く上がったことは俺の経験上無い。



 考えられる要因は翼竜ワイバーンほどの大物を倒したことだが……どうなのだろうか?



 理由はどうあれ、レベルが上がっていることは確か。

 何が強化されたのか気になるところ。



 見ただけで予想が付くのは裁縫スキルの強度。

 これは恐らく、糸自体の強度が上がり、切れにくくなったのだと思われる。



 逆に見た目で何が強化されたのか分からないのは残りの三つだ。



 これは実際に使ってみないことには分からないだろうな……。



 そう思った俺は、魔法の糸を一本だけ伸ばし、近くにあった木の幹に刺してみる。



「……!?」



 途端、頭の中に流入してきた情報に驚いた。



 セルロースを束ねたミクロフィブリルが樹木の大半を構成していること。それをヘミセルロースが支え、リグニンによって結着されているということを瞬時に理解出来た。



 そこから言えることは、解析速度が格段に速くなっているということだった。

 そして改変する速度も同様に。



 これなら先の翼移植も半分の時間で終えられそうだが、あの時はレベルが上がっていなかった。

 ということは……翼竜ワイバーンを倒したことではなく、移植手術によってレベルが上がったのか? 若しくはその両方?



 糸の強度が上がったのも、糸を腕に巻いて翼竜ワイバーン牙を防いだことに関係しているような気もするし……。



 となると、全ての状況が包括的に繋がっているのかもしれないな。



 残る〝影縫い〟だけは、現時点で何が強化されたのか確かめるのが難しそうだ。

 唯一、糸が見えていたアリシアに確かめてもらったら何か分かるかもしれないが……。



 そう思って彼女に声をかけようとした時だ。



 肩にトンッと軽い衝撃を受ける。

 見ればアリシアが俺の肩に頭を委ね、穏やかな寝息を立てていた。



 火の番を……。

 でも、今日は色々あって疲れただろうからな……。



 俺は彼女の重みを預かりながら、そのまま寝かせておいてやることにした。



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