第17話 移植
アリシアは、骸となって横たわる
案外、勘が良いらしい。
「その反応は、俺のやろうとしていることを理解したっぽいな」
「いえ……ですが……本当にそんなことが……?」
彼女は戸惑っていた。
その反応は当然だろう。
魔物である
昨晩、彼女の先天的な病を治療した際、本来翼があるはずの場所を調べる機会があった。
その時に分かったのは、見た目こそ翼は無いが、その根元には神経がちゃんと生きているという事。
その神経を
これまで使ってきた裁縫スキルがそう教えてくれている。
「今の俺ならば、それが出来ると確信している。後はお前にその覚悟があるかどうかだ」
「……」
アリシアは押し黙ってしまった。
魔物の翼が自分の背中に付くのだ。
そう簡単に決められる事ではないのは分かっている。
だが、素材となる
目の前にあるのは骸だ。
今、この瞬間も着々と腐敗へ近付いている。
神経細胞が完全に死滅する前に移植しなれば、本来の役割は果たさないだろう。
「猶予は余りない。今、決心が付かないのなら今回は……」
――止めておこう。
そう、続けようとした時だ。
「やります」
「……ん」
彼女が真剣な眼差しで俺のことを見つめていた。
「私……翼が欲しいです」
その言葉と表情に偽りは無いように思えた。
「いいのか? アクセサリーのように簡単に付けたり外したりは出来ないぞ?」
「はい、お願いします」
彼女の返答に迷いは無かった。
神経という繊細な箇所に触れる為、そう何度も同じことは繰り返せない。
そんなことをすれば神経が損傷しかねないからだ。
だから、その翼は自分の背中に一生あることを覚悟しなければならない。
彼女はそれを今、ここで決断したのだ。
「じゃあ、すぐに取りかかるぞ。奴の翼がまだ生きている内にな」
「はい」
斯くして、平原の真ん中で翼の移植手術が始まった。
「それで、私はどうすれば……?」
「そのままそこに座っているだけでいい。ただ、神経に触れる作業だ。痛みを伴う可能性がある。そこは覚悟しておいてくれ」
「はい……」
「では、始める」
今回の移植で重要になってくるのは神経の結合と、翼の違いの問題だ。
特に翼の違いに関しては先に解決しておかなければならない。
それは当然、翼の大きさにも言えることだ。
一方、アリシアの翼は一メフラン(約一メートル)ほどだ。
これをそのまま彼女の背中に移植してしまっては、あまりに左右のバランスが取れていない状態になってしまう。
それに見た目の違いは然る事ながら、釣り合いが取れずに飛ぶという本来の目的も叶わなくなるだろう。
だからまず、
そんなことが実際に可能なのか?
と、普通の人間ならば思うだろう。
だが、俺の構造改変糸の力を借りれば恐らくそれが出来る。
これまでの経験で、ある程度の算段が付いているからだ。
俺はいつものように指先から魔法の糸を放出させると、
糸が表皮から内部に潜り込み、筋肉と骨、血管、神経を把握する。
上腕骨、尺骨、指骨で構成される骨は一般的な翼をもつ生物と同様の形だ。
そこに纏わり付く筋肉も然り。
「思っていた通り、これならば移植が可能だ。ここから大きさを調整する」
全ての骨や筋肉を部位ごとに省略し、間を詰める。
省いた部分は隣の部位に細胞単位で重ねられ、魔力の糸で縫い付け同化させる。
それにより、質量が減るだけでなく、骨や筋肉が強化されるのだ。
普通、二個のリンゴを一個にすることなど不可能だ。
例え出来たとしても質量は二倍。大きなリンゴになるだけ。
しかし、俺の構造改変糸は二倍の硬さと味の濃さを持った一個のリンゴに仕上げることが出来る。
その方法により、
そこまで仕上がると、翼の根元に糸を這わせ、神経を傷付けないように細胞の一つ一つを切り離して行く。
その作業を続けて行くと、ある時、
後はこの翼をアリシアの背中に残る神経と繋げるだけだ。
糸が翼を持ち上げたまま、彼女の背中へと近付く。
「行くぞ」
「はい……」
アリシアは前を向いたまま緊張に満ちた声で答えた。
魔法の糸は彼女の背中に入り込み、神経を探り当てる。
「……っつ!」
彼女は痛みからか僅かに体を震わせたが、声は上げなかった。
俺は繊細な手付きで糸を操り、
ここは非常に集中力のいる場所だ。
例え魔力の糸であっても、あっという間に出来たりする訳ではない。
逆を言えば最も時間を掛けなければならない場所。
失敗すれば、身体に重大な不具合を起こす可能性だってあるのだから。
そして数時間後――。
全てを繋ぎ終えた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
「よし……出来たぞ……」
俺は汗びっしょりで神経もクタクタになっていた。
しかし、ここまで苦労した甲斐はあっただろう。
「どうだ?」
「はい……ええっと……こうですかね……」
尋ねるとアリシアは自分の背中に意識を向ける。
途端、両の翼が天に向かって大きく広がった。
暗闇の中で光る右の純白の翼。
それに反して闇に紛れる左の漆黒の翼。
左右非対称の翼の間で、彼女は爽やかな笑みを浮かべていた。
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