第16話 出来損ない


 俺は後頭部に温もりを感じていた。

 アリシアが膝枕をしてくれていたのだ。



 そして傷付いた右腕にも同様の温もりを感じる。



 これは……回復魔法ヒーリングか……。



 彼女がかざした手のひらから淡い光が漏れている。

 それを浴びていると、出血と痛みが即座に収まって行くのが分かった。



 そのまま起き上がろうとすると、彼女の手が俺の体を押さえる。



「まだ……休んでいて下さい」



 静かに制止した彼女の顔は今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 そんな姿を見ると素直に従わずにはいられない。



「すみません……上手く癒やして差し上げられなくて……。私……回復魔法ヒーリングはあまり得意ではないので……」



 言われて自分の腕を確認する。

 出血こそ収まってはいるが、そこには翼竜ワイバーンの牙の痕がハッキリと残っていた。



 確かに、これを見る限りでは彼女の回復魔法ヒーリングの完成度は低い。

 白魔導師にかかれば、この程度の傷は痕も残らずに治せるだろう。

 実際、前のパーティのティアナはそれが出来た。



 だが、アリシアは回復が専門ではない。

 誰しも得手不得手はあるものだ。



 あれほど牙が肉を深く抉っていたにも拘わらず、しっかりと傷は塞がっているし、痛みも無い。

 残っているのは傷痕くらいなものだ。

 不得意ながらもこれだけこなせれば充分だろう。



「いや、問題無い」



 素直に礼を言うつもりだったが、またしても素っ気ない言い方になってしまった。

 そんな態度がいけなかった訳ではないと思うが、彼女は悲しげな表情を見せる。



「申し訳ありませんでした……」

「何がだ?」

「私の為に……こんな……」



 アリシアは傷痕の残る腕にそっと手を触れる。



 傷が塞がり暫く経ってからでは、後でいくらレベルの高い回復魔法ヒーリングをかけたところで痕が残ってしまう。彼女はそれを嘆いているのだろう。



「冒険者をしていれば良くあることだ、別に気にすることじゃない」

「ですが……私に貸して下さった装備……これをルーク様が身に付けておられれば……ここまで酷い傷には……」



 彼女は自分の腕にある籠手ガントレットに目を向けた。



「何言ってんだ、相手は翼竜ワイバーンだぞ? それを付けていたとしても気休め程度にしかならないさ」

「……」



 俺がそう言うと、彼女は静かに目を伏せた。

 そして、まるで独り言のように呟く。



「せめて私が……こんな出来損ないでなければ……」



「それは翼のことを言っているのか?」

「……え? あ……」



 尋ねたことで、虚空を見ていた彼女の瞳が俺の顔を捉える。

 そこで自分が無意識に言葉を漏らしていたことに気がついたらしい。



「両翼が揃っていれば翼竜ワイバーンも敵ではないと? それは大した自信だな」

「い、いえっ……そ、そんなつもりでは……。ただ……ルーク様の足手まといにはなりたくないと……そう思っただけで……」



 まただ……どうしてこう皮肉っぽい言い方になってしまうんだろうか?

 別に彼女を困らせたいわけではないのに……。



 だが今の言葉で分かった。

 彼女は片翼であることに強い劣等感を抱いているということが。



 実際、自ら囮になって翼竜ワイバーンを誘き寄せていた際も低空しか飛べず、バランスも上手く取れていないように見えた。



 高い魔力と共に、大空を自由に飛び回れる純白の翼を持つ翼人。

 その翼人は聞くところによると序列に厳しい種族らしい。



 そんな中で生まれながらに片翼であったアリシアの境遇は、さぞかし大変だったに違いない。

 どんな経緯で奴隷にまで堕ちたのかは知る由もないが、その苦労はある程度想像出来る。



 俺とこうしている今も彼女はそういった抑圧の中にいるというのか……。



「もし今、両の翼があったとしたらどうする?」

「えっ……」



 唐突な質問に彼女は戸惑っているようだった。



「分かりません……今の私には。ずっと、この翼でしたから……」



 呟きながら視線を逸らす。



「……」



 そこで俺は彼女の膝からゆっくりと体を起こした。

 その時の顔には、少しばかり怪しげな笑みが浮かんでいたに違いない。



「ルーク様……?」



 何か様子が変だと感じたのか彼女は心配そうにしていた。

 だが、俺は構わず続ける。



「じゃあ、俺がアリシアに翼を与えてやると言ったらどうする?」

「ルーク様が……翼を??」



 彼女は困惑の表情を見せた。

 それもそうだろう。急に翼をやると言われたら誰だってそうなる。



 だが――、

 今の俺なら確信がある。



 これまで試してきた裁縫スキルの内容と結果を見れば、自ずと答えに辿り着く。



 これは最早、悪魔の所業なのかもしれないな……。



 自分で思い付いておきながら、その発想や考えに恐ろしさすら感じる。

 だが、彼女がそれを真に望むのなら……俺としてはやぶさかではない。



「それって……どういう意味ですか?」



 アリシアは不安そうに尋ねてくる。



「そのままの意味さ」

「……」



「生まれながら……とは違う形になってしまうがな」



 そこで俺は、草原の上に転がっている巨体――、

 翼竜ワイバーンの骸に視線をやった。



 それに追従するように同じ場所に目を向けたアリシアは、唖然とした表情を見せる。



「まさか……」


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