第15話 ジャイアントキリング


 翼竜ワイバーンに噛み付かれた腕から血が止め処なく溢れ、肘を伝って流れ落ちる。



 アリシアを庇った末の結果がそれだった。



 あの巨大な牙で噛み付かれたのだ、本来ならば腕ごと食い千切られてもおかしくはない。

 なのに、この程度の傷で済んでいるのには理由があった。



 彼女のもとへと走った際、放っていた魔法の糸を即座に引き戻し、右腕に巻き付けたのだ。



 何重にも巻いて分厚くなった糸の塊は、さすがに翼竜ワイバーンの牙でも噛み切ることが出来なかったというわけだ。



 とはいえ、牙の先の何本かは糸の合間を裂いて腕にまで達していた。

 貫通とまではいかないまでも肉を抉っている。



 ついでに翼竜ワイバーンは今も尚、物凄い力でキリキリと牙を食い込ませてきていた。

 お陰で出血が止まらないし……正直、物凄く痛い。



 そんな光景を目の当たりにしたアリシアは、俺の背後で震えるような声を漏らす。



「どうして……」



 俺はその質問を鼻で笑って返す。



「どうしても何も、お前は俺のモノだ。こんな所で壊されちゃたまらないからな」

「……!」



 彼女は両手で口元を覆った。

 肩越しに見えた彼女の瞳は震えていたように思う。



 だが、今の俺にとって、そんなことは二の次だ。

 魔法の糸だってそんなに持ちはしない。

 悠長なことをしていれば、このまま本当に腕を食い千切られてしまうだろう。



 そうなる前に、なんとかしないと……。



 しかしながら、俺だって何も考えずに行動を起こした訳じゃない。

 一応、策は考えてある。



 今の俺に出来る事と言えば、覚醒した裁縫スキルを駆使すること。

 それでこの場面を切り抜ける。



 構造解析糸で翼竜ワイバーンの体を把握。

 次いで構造改変糸で体を弄り、到底勝ち目の無い相手に弱点を作り出す。

 それが俺の作戦だ。



「じゃあ、やってみるか……」



 そろそろ腕に巻き付けた糸も持ちそうにないので、すぐに行動に移す。



 自由が利く左手から魔法の糸を伸ばし、翼竜ワイバーンの長い首の表面を縫うように侵入させる。



 するとすぐに硬い鱗の構造が頭の中に入ってきた。



 鱗を構成する主成分は爬虫類となどと同じ、硬質ケラチンか……。

 しかし、それだけならそこまで硬くはならないし、剣や魔法だって通るはず……。



 なら、何が高い防御力を発揮させているのか?

 それは糸を進めると、すぐに分かった。



 硬質ケラチン同士を結びつけるように流れる特異な物質。

 それは――魔力だ。



 翼竜ワイバーンの体皮が高い防御力を発揮している原因は、鱗と鱗に合間に編み目のように流れる魔力にあった。



 なら、硬質の鱗を形成する魔力の流れを改変し、壊してしまえばいい。

 それで翼竜ワイバーンも、その辺の蜥蜴や蛇と変わらぬ体皮になるはずだ。



 欲を言うなら、内部の肉や骨格まで改変し、切断してしまうことも可能だろう。

 しかし、それを実現させるには解析と改変にそれなりの時間を要すことになる。

 瞬時の判断が必要な戦闘中に、そこまでの余裕は無い。



 なので、体皮の下にある分厚い筋組織と骨組織をスカスカになるように改変しておくのが、この場での精一杯だった。



 だがこれで、どんななまくらな剣でも容易にぶった切ることが出来るはず。



「アリシア! 今の内にその剣で翼竜ワイバーンの首を斬れ!」

「……っ!?」



 彼女は急に俺がそんな事を言い出したものだから戸惑っていた。



 斬れる訳がない、と思うのが当然だからだ。



「大丈夫だ、やれる!」



 そう後押しをしてやると、彼女はその言葉を信頼してくれたようだった。



 体勢を立て直し、剣の柄をギュッと握る。



 俺は右腕に巻き付けてある糸を強く締め付けた。

 それで翼竜ワイバーン牙が糸の合間に挟まり、簡単には抜けなくなる。



 彼女が剣を振り下ろすまでの間は堪えられるはず……。



「行け!」

「はいっ!」



 俺が叫ぶと彼女は強く返事をし、駆けた。



 翼竜ワイバーンは本能からなのか、危険を察知し、身を退こうとする。

 が、牙が厚く巻かれた糸に挟み込まれ、身動きが出来ない。



 そこにアリシアは奴の首目掛けて剣を振り下ろした。



 直後――、



 スパンッという、場面的には不釣り合いな小気味好い音がして、翼竜ワイバーン首が地面に落ちた。



 それはまるで切れ味の良い包丁で食肉を切ったような感じだった。



 断末魔の叫びすら上げずに斬られた翼竜ワイバーンは、なぜこんな結果になったのか分からなかっただろう。



 仕留めた当の本人も自分がやったのか信じられないようで、剣と翼竜ワイバーンの首をぼんやりとしながら交互に見つめていた。



「ふぅ……なんとかなったな……」



 まさか俺達二人だけで翼竜ワイバーンほどの大物を仕留められるとは思ってもみなかった。



 安堵すると、緊張の糸が解けるのと出血が相俟って急に力が抜けてくる。



「やべ……」



 目の前が暗転しそうになって体がフラつく。

 それに彼女は逸早く気付く。



「ルーク様っ!」



 地面に倒れかけた俺のことをアリシアは抱き止めてくれていた。



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