第10話 発作
食事を終えた俺達は町の郊外へと移動していた。
辺りには農家の家々が点在するだけで、あとは草原しかないような場所だ。
そこで手頃な木を見つけると、その木陰にテントを張り、今晩の宿とすることにした。
テントといっても一枚の布を棒切れで支えただけの簡素なもの。
それでもまあ多少の雨風は凌げる。
今日こそは、ふかふかのベッドで寝たかったが、これまでの旅路でも時折そうしてきたのだから然程、苦ではなかった。
それよりも不憫なのはアリシアの方だ。
折角、冷たく硬い檻から出られたというのにあまり環境が変わっていないのだから。
「すまないな、こんな寝床しか用意してやれなくて」
「そんなことないです。このような景色をまた見られるとは思ってませんでしたから……それだけで充分です」
彼女はそう言いながら空を見上げる。
その顔に、どことなく悲壮感が漂っているのは気のせいだろうか?
俺も釣られるように同じ場所を見た。
時間は丁度、黄昏時。
空は地平の茜色から、天の濃紺へと綺麗なグラデーションを作り出している。
その合間で既に星達が輝き始めていた。
そういえば、こんなにもゆったりとした気持ちで空を見上げたのは何時振りだろうか?
柄にも無く感慨深くなっていると、近くで何やらごそごそと衣擦れのような音が聞こえてくる。
「……?」
一体、何の音だ?
そう思った俺は視線を空から足下へと移した。
すると、視界に見慣れぬ白い肌が映った。
アリシアが着ていた服を脱ごうとしていたのだ。
脱ぎかけた服が胸元まで落ちていて、肌理の細かい肌から浮き出た鎖骨と、細い肩が露わになっている。
「なっ……何してんだ!?」
「それは……」
俺の反応が予想だにしなかったものだったのか、彼女は戸惑い気味だった。
「私はルーク様に買われたのですから……当然、慰み者としての役目を……」
「!?」
奴隷をそういう目的で買う者も少なくないと聞く。
男が若い少女を奴隷として買ったわけだから、尚更そう思われても仕方がないのかもしれない。
しかも今、寝床の準備をしていたわけで……。誤解されてもおかしくはない。
なるほど、先ほどから覚悟を決めたような悲壮感が漂っていたのは、これが原因だったのか。
だが、俺はそんなつもりで彼女を買ったわけじゃない。
「俺はそういう目的でアリシアを買ったわけじゃない」
「え……?」
「さっきも説明しただろ? 俺はクエストのサポートをしてくれる者が欲しいんだ」
「本当に……それだけの為に……?」
彼女は信じられないといった様子だった。
「本当にそれだけだ。だから早く、それをしまえ」
「え……あっ……」
彼女は勘違いしていた自分が急に恥ずかしくなったようで、仄かに顔を赤くしながら慌てて服を着始める。
こんなあどけなさが残るような子にまで、当たり前のようにそうする。
奴隷には、それほどの覚悟があるんだな……。
それはともかく、今日は早く休もう。
明日は朝から冒険者ギルドに行って手頃なクエストを受けるつもりだ。
そうでないと明日の晩も野宿になってしまうからな。
その事を彼女にも告げようとした時だった。
「ごほっ……ごほっ……けほっ……」
服を着かけていた彼女が急に咳き込み始めたのだ。
今度は食べ物を詰まらせたわけでもない。
ただただ苦しそうにしている。
「どうした?」
「だ……大丈夫です……ごほっ……いつものことですから……げほっ……ごほっ!」
喉の奥からヒューヒューと音がして呼吸が上手く出来ていないのが俺の目から見ても良く分かった。
「そうは見えないぞ。とにかく体を休ませよう」
俺は彼女の体を抱きかかえる。
「っえ……!? ルーク様……そんな……けほっ……私の為にそこまで……自分で歩けますから……ごほっ!」
「いいから黙ってろ」
「……」
それでアリシアは素直に口を閉じた。
俺は彼女を抱きかかえたままテントの中へと連れて行く。
それにしても軽い。
抱えてみて分かるが、本当に壊れ物を運んでいるようだ。
肌に触れただけで彼女の骨格が分かるくらいに痩せ細っている。
「俺が普段使ってるカイログマの毛皮を敷いてある。地面に直接よりは幾分マシだろう」
呼吸困難を起こしている時は寝かせると余計に酷くなりそうだ。
だから毛皮の上に座らせてやる。
「はぁ……はぁ……」
彼女は首筋に汗を滲ませながら瞼を閉じていた。
さっきよりは少し呼吸が楽そうになったように見える。
このまま様子を見てみるか……。
「すみません……急に発作がきてしまって……」
「もうしゃべって大丈夫なのか?」
アリシアは肩で息をしながら答える。
「ええ……もう収まったと思います……」
「まだ休んでいた方がいい」
「はい……」
立ち上がろうとした彼女を制止する。
「発作というのは何の病気なんだ?」
「私にも分かりません……ただ昔から急に呼吸が苦しくなることがあって……。生まれ付きこうなんです……」
「そうか……」
他の奴隷と一緒に店に置いているということは流行病の類いではないとは思っていたが……。
生まれ付きの病で、本人もどんな病か知らないとなると……どうしたものか。
医者に診せれば必要な薬や治療法も分かるかもしれないが……その医者というのが王都の……しかも王宮付きでしか存在しないのが問題だ。
一般人の俺らが診てもらえるようなものじゃない。
外傷や疲労でもないので
何にせよ、この調子では明日からクエスト……という訳にはいかなそうだな。
先に彼女の病を治す方法を考えなければ……。
とはいっても、その方法が思い付かない。
せめて病の原因さえ分かれば、手段を考えることが出来るのに……。
原因……。
どういう訳か、ふと、その単語に引っ掛かりを覚える。
病を引き起こしているその根源か……。
俺がパーティにいた頃、クエストで無力化していた罠に少し似ているな。
罠を発動させるその仕組みを理解して、その根源を断つ。
それで罠は動作しなくなる。
病も罠のようだったら楽に治せるのにな。
そこまで考えたところで、俺は何かに思い当たる。
「……! もしかしたら……」
そこで自分の指先に目をやった。
病の構造を解析する……。
「やってみる価値はあるかもしれない」
唐突にそう呟いた俺のことをアリシアはぼんやりと見つめていた。
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