第8話 奴隷商
奴隷商と取引出来る店はすぐに見つかった。
メインの通りに出ていた控え目な看板。
そこに書かれていた指示をもとに裏路地へと入り、家々の間を通る細い道を二、三折れた所に倉庫のような大きい建物があった。
それが奴隷商の店だった。
建物の表には通りに出ていたような目立つ看板は無かったが、入り口の扉に小さく表札が出ている。
建屋自体は年季が入っていて酷くオンボロだったが、ここで間違い無いようだ。
辺りに人通りは無く、ひっそりとしている。
奴隷商といえば儲かっていそうなイメージだが、だからといって煌びやかな建物で堂々と行うような商売でもない。
買いに来る客も入りづらくなるだろうし、逆にこれくらいうらぶれた感じが丁度良いのかもしれない。
俺は少し緊張しながらも入り口の扉を開けた。
中は屋根まで吹き抜けになっている一つの空間が広がっていた。
それはまさに倉庫そのものだ。
そこに足を踏み入れて真っ先に感じたのは、鼻を突くような悪臭だった。
「うっ……」
汚物や腐った肉が入り交じったような臭いに思わず口元を手で押さえる。
それだけで奴隷に対する扱いの酷さが分かったような気がした。
悪臭を堪えながら屋内を見渡すと、すぐに目に入ってきたのは天井近くまで堆く積まれた無数の鉄檻だった。
薄暗くてハッキリとは窺えないが、その鉄檻の中には獣のような生き物が囚われているのがシルエットでなんとなく分かる。
鉄格子を揺すって呻り声を上げるものや、不気味に長い舌をペロペロと伸ばすもの、中には死んだように動かないものもいた。
酷い環境だ……。
何とも言いがたい感情で鉄檻の山を見上げていると、建物の奥から足音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ケルグ奴隷店へ」
闇の中から現れたのは、場の雰囲気とは不釣り合いなフロックコートを身に付けた紳士だった。
年齢にしたら四十代半ば。
口元に髭を生やしており、そのまま道を歩けばどこかの伯爵と思われてもおかしくはない風貌だ。
襟元がピンと立ち、いかにも清潔そうな身なり。とても奴隷を扱うような裏の商売人には見えないが、その応対からして彼がこの店の店主なのだろう。
となると、店の名に付いているケルグが彼の名前か?
「何か奴隷の用途でお決まりのものは御座いますか?」
彼は顔色一つ変えず、物腰柔らかに尋ねてきた。
「用途……か」
まるで道具のような物言いだな。
「いや、クエストに連れて行けるような奴隷はいないかなあと思ってね」
「ほう、ということは貴方様は冒険者ですか」
「ああ、そうだ」
「それでしたら、こちらの商品などはいかがですか?」
ケルグは俺を店の奥に案内する。
そこには一際大きな鉄檻があって、その中に毛むくじゃらの巨体が収まっているのが見えた。
俺達が近付いた途端、そいつは急に起き上がり、鋭い牙で鉄格子に食らい付く。
「ガルルルルルゥッ」
「っ!?」
あまりの迫力に俺は体を仰け反らせてしまった。
丸太ほどの太さがある腕で鉄格子を掴み、檻全体をガタガタと揺らし始める。
途轍もないパワーだが、亜人というよりも獣に近い気がする。
「こちらは獅子の亜人になります」
「獅子……」
言われてみれば首回りに、たてがみのような毛が窺える。
「冒険者様であれば魔物と戦うことも多々あるでしょう。そこへ行くと、こちらの亜人はパワーの面では申し分無いスペックを持っていますし、体力面においてもかなりタフですから、戦闘中の盾代わりとして前面でお使いになることが出来ます。ただ言語が話せず、野獣に近い性質なのが残念な所ですが、隷従刻印を施してしまえば命令通りに動くようになりますので、そこは然程、気にならないかと。勿論、主人が食い殺されるようなこともないのでご安心下さい」
「……」
そう言われても、この獅子の亜人が俺の後ろを付いてくる姿が全く想像出来ない。
いくら安心だと勧められても側にいるだけで気が気でない。
「ちなみにこれの値段は?」
「はい、金貨五百枚になります」
「ご、ごひゃく!?」
高い……高すぎる。
今の俺には到底、手の出る値段ではない。
「でしたら、こちらはいかがでしょう?」
俺の反応を見て懐具合を悟ったのか、ケルグは別の檻を紹介してきた。
そちらの檻の中には鉄格子に寄り掛かるようにして座る線の細い青年がいた。
先ほどの獅子の亜人と比べれば落ち着いた雰囲気があり、人間に近い風貌。
ただ、その肌は斑模様で鱗のような質感をしており、瞳も人間のそれとは違う丸い目をしていた。
強いて言うならば酒場の裏手で会ったトカゲの亜人に似た雰囲気がある。
「これは蛇の亜人です」
なるほど、似た感じがしたのはそういう訳か。
「体こそ脆弱ですが、何より魔力量の多さが特筆すべき点です。意志の疎通も出来ますし、回復魔法を覚えさせれば長時間に渡るクエストでも安心して挑戦することが出来ます」
「なるほど……」
蛇の青年は、先ほどから檻の天井を虚ろな目で見つめているだけ俺達のことを気にする様子は無い。
これで本当に意志の疎通が取れるのだろうかとも思ったが、内容は悪くない。
「これはいくらだ?」
「はい、こちらは高い能力の割に大変お買い得になっておりまして、金貨百枚でございます」
「百枚!?」
ダメだ……やはり桁が違いすぎる。
所詮、俺に手が届くような代物ではなかったのだ。
奴隷は諦めて、別の方法を考えよう。
ただの冷やかしになってしまうが、仕方が無い。
「またの機会に」
そう店主に告げようとした時だ。
「ちなみに、ご予算をお聞きしても宜しいですか?」
ケルグは客を逃すまいと声を掛けてきた。
恐らく値切り交渉だと勘違いしたのだろう。
しかし、金貨百枚が九十八枚になったところでどうにもならない。
ここは、あるがままに告げた方が後腐れなくて良いのかもしれないな。
そこで俺は堂々と口にした。
「金貨五枚だ」
「五枚……」
終始、平静だったケルグも、それにはさすがに乾いた笑みを浮かべた。
「そのご予算では……当店では、さすがに……」
「だろうね。忙しい所、すまなかった」
これでスッキリとこの場を後に出来る。
そう思って、入り口の方へ振り返った時だった。
店の隅にポツンと置かれていた檻が妙に気になる。
気付いた時には自然と足がそこに向いていた。
見えない何かに導かれるように檻の中を覗くと、
途端、目を奪われた。
そこには十三、四歳に見える少女が伏していたのだ。
金属を流し入れたかのように輝く銀色の長い髪。
透き通るような白い肌。
そして触れただけで壊れてしまいそうなほど華奢な躯。
顔はやや痩せこけてはいるが、目鼻立ちは整っている。
そして何よりも目を引いたのは背中にある真っ白な翼だ。
よく見ると対になっているはずの右の翼が無い。
片翼……?
「ぜー……ぜー……」
そんな少女は、どこか具合が悪いのか、苦しそうに呼吸していた。
「あれは……ハーピーか?」
聞かれると思っていなかったのか、俺の質問にケルグは少し遅れて返答する。
「ん……ああ、あれは翼人らしいです」
「翼人……」
聞いたことがある。
森に住む妖精のような存在で、大きな翼と高い魔力を持ち、数も少なく、実際に目にするのは難しいと言われている稀少な種族だ。
それが、この少女……。
俺がその少女を興味深く窺っていると、ケルグが渋い顔で言ってくる。
「それは先日入荷したのですが……生憎、片翼でして。ついでに病気持ちときている。まあ、あの様子では数日も持たないと思いますが、こちらも売れない商品を置いておく余裕は無いので正直、困っているのですよ」
彼がしゃべり続ける中、俺は翼人の少女に魅せられていた。
理屈では分からない。
でも、どういう訳かその少女に強烈に惹かれたのだ。
「いくらだ?」
「……え?」
次の瞬間には、そう尋ねていた。
金が無いのにだ。
ケルグも何を聞かれたのか分かっていない様子だった。
「こいつはいくらだ?」
もう一度尋ねてようやく理解したようで、彼は慌てて思考を整理する。
「こちらとしても不良品を引き取って頂けるならありがたいです。それなら……隷従刻印の手数料込みで、金貨五枚でどうでしょう?」
「買った」
それは奴隷を衝動買いしてしまった瞬間だった。
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