第7話 新天地アーガイル

※この世界での金銭感覚は現代に合わせると以下です。

 金貨一枚=一万円  銀貨一枚=千円  銅貨一枚=百円  小銅貨=十円  (他にも種類あり)




 俺は途中、キャンプを張りながら街道を歩き続け、ようやく辺境の都市アーガイルに到着していた。



 辺境といっても多くの市民を抱える、大都市である。

 ただ良い意味で都市でありながら、どこかのどかな雰囲気が漂っていることは確かだ。



 街路を歩く人々の足取りは、ダバンの町と比べたらゆったりとしているし、商店や露天商の主人は皆、気さくな感じだ。



 拠点を構えるには住み易い町かもしれない。

 ここに到着して感じた第一印象はそうだった。



 この町で冒険者としてやって行けそうな気がする。

 そう思えるのも先の野盗との一悶着が少なからず寄与している。



 進化した裁縫スキルの能力を実際に使ってみて自信が付いたのだ。

 敵に察知されない不可視の糸。

 そして、あらゆる物質の構成を把握、改変して別の形に変えてしまう力。



 それらがあれば、冒険者としては充分にやって行ける。



 他に足りないものといえば――――仲間だ。



「……」



 新たに得た力は確かに素晴らしいものだ。

 しかし、クエストを俺一人でこなして行くのは、かなり厳しいものがある。



 やはりパーティが必要か……。



 俺の中で嫌な思い出が蘇る。



 仲間を得たところで、また裏切られたりするのは御免だ。

 特に長く付き合い、信頼を覚えたところで手のひらを返されるのは心が軋む。

 最悪だ。



 もう、あんな思いはしたくない。



「はあ……」



 ふと見上げると、アーガイルの空は俺の心の色とは違って、清々しいほどに蒼かった。



 しばらくの間、静止していた自分に気付いて頭を振る。



 そんな事を考えていても仕方が無い。

 とにかく今日の宿を探そう。



 幸い、金はある。



 俺は懐から硬貨の詰まった皮袋を取り出した。

 前のパーティの手切れ金として貰ったものだ。



 結構な重さがあるし、袋も丸く膨れている。

 金貨三十枚といったところか。



 それぐらい貰わないと割に合わないからな。

 これで当面の宿賃には困らないだろう。



 一応、中身を確認しておくか。



 貰った金の名目を考えると、しばらく中を確かめる気になれなかったので、心の整理が付くまでずっとしまったままだったのだ。



 俺は人目に付かない酒場の裏手に入り込み、そこに置いてあった空の木樽の上に、皮袋の中身をぶち撒けてみた。



 ジャラジャラと音を立てて硬貨が転がる。

 だが、その中身を見た所で呆然としてしまった。



 確かに三十枚の硬貨が中に入っていた。

 しかし、それは金貨ではなく、全て銀貨だったのだ。



 金貨と銀貨では、その価値は十分の一。

 手切れ金としては、あまりにも少ない金額だった。



 これでは安宿であっても十日と持たない。

 食費もかかるから、実際にはもっと少ない日数でしか雨風を凌げない。



 元々持っていた手持ちの金がいくらかはあるが、切り詰めないといけないことには変わりはなかった。



 これはいきなり野宿決定だな……。



 それにしても、随分と安く見られたものだ……。

 奴らが俺のことをどう見ていたのかが、これで良く分かった。



 ともかく、このままではかなり早い段階で首が回らなくなってしまう。

 なんとか収入を得なければ……。



 これは冒険者ギルドに行って、一人でもこなせるようなクエストを受けるしかないな。



 だが、そういうクエストは総じてお使い程度のものが多く、苦労の割に実入りも少ないのが常。

 例えば倉庫の整理や掃除、庭の草刈りとか……そんなのばかり。



 効率が悪いし、何より――冒険者らしくない。



 俺は何でも屋をやりたくてここに来たわけじゃないんだ。

 しかしながら、今の俺にパーティに入る気は起きない。



 どうしたものか……。



 悩んでいると、酒場の裏口の扉が開くのが分かった。

 中から出てきたのは、空き樽を抱えた店員と思しき人物。



 ただ、その風貌に俺は思わず身構えてしまった。



 頭二つ分高い身長、筋骨隆々の体付き、そして鱗のような緑色の肌。

 一瞬、リザードマンかと見間違えるほどの爬虫類独特の金眼。

 しかし、顔立ちは人間に近い相貌だった。



 亜人か……。



 人間に近い見た目ながらも、人とは似て非なるもの。

 俺達人間が棲まうこの世界には、彼らのような生き物も存在している。



 だが、その見た目の奇妙さ故に差別を受けたり、迫害を受けたりすることも少なくない。

 目の前にいる彼の胸元にも、そんな実情を表すかのように奴隷の印である隷従刻印が窺えた。



 彼は俺のことを特に気にする様子も無く、黙々と仕事をこなしている。

 恐らくこの店で働かされているのだろう。



 奴隷刻印を施せば、魔力によって主の命令には絶対に背くことが出来ない強制力が働くことになる。

 最初こそ購入費用は掛かるが、あとの労働賃金は食事代だけでタダ同然になるのだから、少しでも儲けを出したい商売人が奴隷を買うことは多々ある。



 あとは裕福な老人が家事手伝いの為に個人で購入したり、性的嗜好を満たす為の愛玩目的として買われることもある。



 冒険者の中にも極稀に荷物運びや、罠警戒などの囮として購入する者もいるらしい。



 ん……そうか……。



 ふと、そこで思い付いた。

 俺も奴隷を購入したらどうだろうか?



 冒険者に勝るとも劣らない体力や魔力を持つ亜人も多いと聞く。

 そんな奴隷を連れていれば、中程度のクエストはこなせる気がする。



 何より彼らは絶対に裏切らないのがいい。



 多分、このアーガイルにもそんな場所があったと思う。

 通りを歩いて来た際に看板を見た気がしたから。



 問題は購入資金だが……。

 手持ちが銀貨にして約二十枚、手切れ金が銀貨三十枚。

 金貨に換算したら五枚程度か……。



 そんな値段で買える奴隷なんているんだろうか……。

 そもそもそんな場所に行ったことが無いので相場が分からない。



「……」



 ここで考えていても仕方が無いか。

 とりあえず、奴隷を扱う店に行ってみよう。

 それに見るだけならタダだ。



 思い立った俺は奴隷商の店に向かう為、踵を返した。



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