第6話 影縫い
自分の右足がなぜ自由に動かないのか?
それに対して頬傷の男は動揺していた。
「
まなじりの吊り上がった険相で睨まれる。
だが、俺は一度も旅人だと名乗った覚えはない。
向こうが勝手にそう思い込んでいるだけだ……。
それに右足が動かないことについては魔法でも何でもない。
ただの裁縫スキルだ。
実際、右足以外は動くことが出来るので、違和感を覚えてもいいはずなのだが……。
それにしても、糸が他者に見えなくなっていることが驚きだった。
考えられる要因は恐らく、パッシブスキルの〝影縫い〟。
それにより糸が常時、不可視になったと思われる。
これまで裁縫スキルを戦闘に使うには、敵の視線を欺かないといけない必要があった。それ故、戦闘スキルとしては不向きだったのだが……これなら充分、使える気がする。
それに相手に見えていないのなら、アレも出来るかもしれない。
俺は鍔迫り合っていた剣を一旦引き、後方へ飛び退く。
急に身を引いた俺に、頬傷の男は何か仕掛けてくるのではと警戒を強めた。
だがすぐに怪訝な表情を見せる。
何しろ俺は、剣を片手で持ち、もう片方の手を前にかざしただけで動きを止めていたのだから。
「……?」
その手から魔法が放たれるわけでもなく、次の行動に移るわけでもない。
ただ棒立ちでいる俺に、頬傷の男もさすがに痺れを切らしたようだった。
「おい、何の真似だ?」
頬傷の男は苛立ちを露わにする。
しかし、実際には目に見えていないだけで、俺の手から放たれた糸が既に相手の剣に巻き付いていた。
そのまま糸の先が刀身に刺さる。
途端、俺の頭の中に剣が剣の形を成している理由が設計図のようになって流入してくる。
それだけで無数の鉄成分が折り重なり、結び付き合い、剣というものを形成しているのだと理解出来た。
それが分かるのも構造解析糸スキルのお陰だ。
あとは構造改変糸スキルで、その結び付きを切り離し、組み替えるだけ。
そうすれば――。
「……っ!?」
ほんの一瞬、頬傷の男が持っている剣が目映い光を放つ。
直後、
ボテッ
という鈍い音がして地面の上に幾つかの石ころが転がった。
正確には石ころではない。
鉄の塊だ。
構造改変糸によって、鍛冶で打たれる前の鉄塊に戻ったのだ。
「なっ……ど、どうなってるんだ!?」
頬傷の男は、柄から上が無くなってしまった剣を唖然とした表情で見つめていた。
突然、自分の持っていた剣が消えて無くなってしまったのだ。そうなるのも無理は無い。
そして――、
足の自由を奪われ、武器も無くなり、現実に動揺し、隙の出来た彼を倒すのは容易い。
俺は剣を持ち直すと、すかさず斬り付ける。
「ば、馬鹿な……ぐほぁっ!」
駆け抜けるように胴体を一閃。
それで頬傷の男は、その場に崩れ落ちた。
よし……一人でやれたぞ……。
俺は確かな手応えを感じた。
パーティでなくとも複数の野盗を相手に、なんとか切り抜けることが出来た。
これもあの
だが――、
まだ一人残ってる。
ゆっくりと背後に目を向ける。
すると、最初に体勢を崩して転倒した長髪の男が、糸に足を捕らわれたまま身動き出来ずにいた。
俺の意識が彼に向けられると、長髪の男の顔が蒼白になる。
「ま、ままま、待ってくれっ! 殺さないでくれっ! お願いだ! もうこんな仕事からは足を洗って真っ当に生きて行く! だ、だから、見逃してくれぇ……」
彼は額を地面に擦りつけ、悲痛の叫びを上げながら懇願していた。
そんな男を見下ろしながら、俺は吐き捨てるように言う。
「戦意の無い人間を斬るのは後味が悪いからな。さっさと消えればいい」
「あ、ありがてぇ! 恩に着るぜ!」
長髪の男は更に深く頭を垂れた。
俺は彼の足に巻き付いていた糸を解いてやる。
それでも尚、彼は平伏したままだった。
なかなか立ち去る様子も無い。
「……」
俺は小さく嘆息した。
このままそうしていても仕方が無いと持った俺は、転がっている自分の荷物を拾いに動いた。
それは当然、彼に対して背を向けることになる。
その刹那、
背後で不穏な気配を感じた。
直後――、
「ぐがぁぁっ!?」
喉を潰したような悲鳴が上がる。
無論、それは俺ではなく――長髪の男の叫びだ。
俺は悲鳴を耳にした後、余裕を持って振り向いた。
すると長髪の男が、短刀を振り下ろそうとした格好のまま苦しみ悶えていた。
俺を背後から刺そうとしたのだ。
だが今の彼の喉元には、糸が食い込み血が滲んでいるのが見える。
こんな時の為に別の糸をそっと忍ばせておいたのだ。
不可視であるが故の恩恵がここでも得られた。
「な、なにぼぉはっ……」
男は首を絞め上げられ、言葉にならないようだ。
そんな彼に俺は告げる。
「俺がそんな簡単に背中を見せるとでも思ったのか?」
「……!」
男の目が見開かれるのが分かった。
次の瞬間、
ズドッ
「っ……!」
そんな彼の腹に、俺は剣を突き刺した。
「余計なことをしなければ生き長らえたのにな」
既に届くはずもない台詞を吐いて糸を解くと、骸となった体が地面に転がり落ちた。
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